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「壷の中の日本」が沈まないために、金利を生真面目に上げよ

朝倉 継道朝倉 継道

2026/09/16

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低金利は生産性の低下を生む

筆者は近ごろAIと話し込むことが多い。先日は以下のような話をあるAIに投げかけてみた。

「かなりメンタルな話だが、低金利は生産性の低下を生むという論理をAIである貴殿はどう思うだろう。なぜなら、金利はいわば時間への対価だ。自ら資金を積み上げるための時間を端折り、融資というかたちでそれを先んじて手にする。要は、借り手は金利を払って時間を買っているわけだ。そこで、低金利となると、買ったその時間は値段が安かったものになる。安く買えたことによって、買い手の気持ちは弛緩する。時間を効率よく使い、早く成果に結びつけるモチベーションが失われがちになる。一方、高金利だとそうはならない。高い代償を払って買った貴重な時間を無駄には出来ないからだ。すなわち、低金利は企業等の生産性の低下を生むという図式だ。いかがだろう」

素人ならではの発想だが、当該AIによると、「近年のマクロ経済学でも、行き過ぎた長期の低金利は、かえって経済の生産性を落とすという議論が主流になりつつあります」とのこと。

「教科書的な経済学が低金利を肯定してきたのは、時間が安いからこそ、失敗を恐れずに、リターンが出るまでに10年かかるような遠い未来の大変革(基礎研究や巨大インフラなど)にじっくり時間を投資できるはずだという性善説に基づいているからです。しかし、現実はあなたが懸念されるとおり、人間はそこまで禁欲的ではありません。人間に緊張感を持って時間を歩ませるための精神的重石(おもし)として金利を捉えるあなたの仮説は、現代のわが国の長期停滞や生産性の問題を解き明かす上で、非常に説得力のある視点です」

と、いうことだそうだ。

なお、一応以下は添えておこう。

「AIの回答には間違いが含まれていることがあります」
「筆者の質問にも間違いが含まれていることがあります」

ベッセント長官は激怒したのか

さて、先般9月1日のこと。アメリカのニューヨーク・タイムズ電子版が、こんな内容を報じている。日本国内での報道から概要を孫引きする。

「アメリカのベッセント財務長官が、日本の片山さつき財務大臣と5月に会食した際、同氏は円安への対応として利上げの必要性を示した。その上で、なぜ日銀に独立性が与えられていないのかなどと、高市政権の経済政策への不満を露わにした」

長官がこれを片山大臣に優しく告げたか、そうでないかはともかく、要するにアメリカ側は日本政府に対し、日銀が進めている利上げについて、これを掣肘するのはやめろとクギを刺したらしい。国の中での決めごとについて外からあれこれ言われるのは鬱陶しいが、発言の主旨については、日銀は好意的に受け止めてはいるだろう。

一方、高市政権にも高市政権なりの考えはあるにちがいない。低金利を重要な基盤のひとつとする同政権の積極的な財政は、いまのところいくつかの成功を重ねている。なおかつそれを維持できてもいるからだ。

激減しているドルベースでの名目GDP

たとえば、2025年度のGDP(自国通貨ベース・速報値)は、名目、実質ともに過去最高を示している。株価はご承知のとおり高いレベルで推移しており、何より失業率が抑えられたままだ。

加えて、実質賃金も毎月勤労統計によれば7カ月連続のプラスとなっている(厚生労働省・7月分)。これらは、円安を肯定し、その大きな要因となっている低金利をよしとする人々にとって、他に有無を言わせない具体的なその根拠となっている。高市政権は、こうした意味ではかなり仕事のできる政権といえるだろう。

しかしながら、一方で、筆者の目にはあるほかの数字もチラついている。それはドルベースでの名目GDPだ。こちらは円安に押し下げられるかたちで大いに伸び悩んでいる。というよりも、長・短期にわたる下落傾向にあるといっていい。たとえば、25年の4兆4352億ドルというのは、21年の5兆2259億ドルに対して、約15%の減少を示す数字だ。2012年における6兆3338億ドルに対しては、マイナス約30%とまさに激減している。

そのうえで、さきほどの過去最高となった自国通貨建て名目GDPに対するこうした矛盾が何を表しているのかといえば、筆者の思うところ(筆者でなくともそうだろう)、これは日本の経済規模の著しい縮小を示すものにほかならない。すなわち、日本の経済的国力は他国に対し、相対的には現在猛烈に縮んでいる―――窮乏化していると、筆者は素直にそう見たい。

なおかつ、このことは「水物たる為替のいたずら」などと軽んじるべきものでもない。わが国とそこに暮らす日本国民の購買力を著しく損なうものとして、国のトータルな安全保障にも結びつく、ゆるがせにできない問題であると筆者は考える。

壺中の天地

昨今のわが国の購買力低下は、たとえば、インバウンド旅行客によるまことにうらやましい贅沢な買い物といったかたちで認識することができる。これは、身近なミクロの視点によるものだ。

他方、マクロな視界に広がるものもある。食料、エネルギー、鉱物資源といった国の基盤だ。これらの多くを日本は海外からの供給に依存している。加えて、これも見落としてはならない。多くの分野における労働力も、現在わが国は同様に国外に依存している。

そのため、安い円を財布に詰め込んだ上での購買力の低下は、これらを手に入れる条件をその分厳しいものにする。有事、経済危機といった際には、そのリスクが必然倍加することになるわけだ。

円安・低金利をよしとする人々からは、時折、われわれ下々(しもじも)に対し、達観もしくは諦観を勧める声も聞こえてくる。

「仕事があって、給料もそこそこ上がる。これで十分でしょう。車や海外旅行はお金持ちの買い物だと思ってあきらめなさい」―――。

これについては、まさに壺中の天地における幸福を語られているようで、ついぼんやり頷きたくもなるが、目線を上げるとそうもいかなくなる。

なぜなら、現下のグローバルインフレは、今後も波を打ちつつ長く続くと筆者は見ている。途中で節目、節目は生じても、基本的な方向性はしばらく変わらない。

そのうえで、円建ての国内経済のみが順調に回ること―――すなわち壺中の天地においての幸福に溺れることは、「壷」そのものが国民を抱えつつ、世界経済の水位が上昇するなかで、その中に没してしまうことを意味する。

よって、筆者は、繰り返すが憂慮を抱いている。以上のことは、国の総体としての安全保障を揺るがし、やがては国家の盛衰をも左右しかねない事態につながっていくのではないかと恐れているわけだ。

端的には、低金利はその役目を終えた。これにともなう円安ともども早く脱した方がいい。

わが国の愛すべきお家芸

よって、結論をいうと、筆者はいくつか切り取られているベッセント財務長官の言葉そのものに対し、先方なりの国内事情や目論見は一旦措いた上で、これに同意したい。

たとえば、彼は「日本はアベノミクスで大きな成功を収めた」と言っているらしい。筆者も概ねそう思っている。

そのうえで、アベノミクスを踏襲するようなリフレ政策は「もうやめるべき」というのにも賛成だ。すなわち、日銀が現在進めている慎重かつ生真面目なペースでの利上げについて、それが慎重であるだけに、政府にはいささかも「掣肘」してほしくない。

とはいえ、政府とすれば、アメリカ側の言い分に対し、「リフレ政策と言われるようなものはもうやっていない、日銀への口出しもしていない、だから安心してくれ」と、そんな、事実に対する光の当て方と言葉選びを駆使した言い訳も、もちろん示しているか、示す用意はできているだろう。わが国においては、そこは良くも悪くも昔からのお家芸だ。

だが、芸は披露してもそこまでだ。それは、あくまで内外を落ち着かせるためのパフォーマンスに留めておいたほうがいい。「壷中の日本」を沈めないために、金利を生真面目に上げよ。それが筆者の意見となる。

5年の煉獄

この記事の冒頭に、筆者の珍説を掲げた。そのほかにも、筆者は素人の特権として、経済や金融にかかわる「珍説」を出来の悪い頭の中でしばしば思いつく。

そのひとつに、「金利はインフレによって傷ついた個々の資産を補正する機能を持つ」というものがある。

単純な話で、インフレによる通貨価値の下落に対し、国は政策金利を通して実質金利を上げてやることで、少なくとも預金分については総額を増やしてやれる。国民のダメージを削いでやれる。

なお、こうした考えは、かつて70年代のインフレを目の当たりにした体験に基づいている。サラリーマンが「ある日、通帳を見てびっくり」の、財形貯蓄全盛の時代だ。なお、若い人のため添えておくが、このサラリーマンは、当時の“狂乱”する物価にあえぎつつも、預金の増え方もすごいのにびっくりしている。

もっとも、この考え方については、先生たるAIから「勘違いしないよう」やんわりと注意を受けた。物価上昇率に対して、仮に金利が必要以上に素早くこれをキャッチアップするかたちにした場合、他の投資や消費に向かうべきお金が貯蓄に滞留しやすくなる。いわば不健全ともいえる話で、もっともなことだろう。

しかしながら、それは正しいとして、現状の物価上昇―――インフレは、始まってもう5年になる。筆者のような年配の者にとってはあっという間だが、はたらく若い世代、とりわけ結婚前くらいの世代にとっては、この間の大部分は、おそらくは永い煉獄に置かれていたにひとしいだろう。

実質賃金は伸びず、お金は貯めても―――預金を通して誰かに時間を売っても―――さっぱり増やしてもらえずといった状況だ。煉獄だけに、上を見れば格差のその先の豊かさという、天国の光が見えているのも皮肉だった。こうした彼らの逸失分をいまから補填してやるためにも、利上げは着実に行っていくべきだろう。

ただし、世の中には、低金利による延命治療で生きながらえてきた立場の層も、法人、個人を問わず少なくない。それらもまた一概に冷たく切り捨てるべきではない。(べきなのか?)

だが、いまはそうした層も、低金利が生む円安によって、コストプッシュの炎に焙られている状態だ。

(文/朝倉継道)

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この記事を書いた人

コミュニティみらい研究所 代表

小樽商業高校卒。国土交通省(旧運輸省)を経て、株式会社リクルート住宅情報事業部(現SUUMO)へ。在社中より執筆活動を開始。独立後、リクルート住宅総合研究所客員研究員など。2017年まで自ら宅建業も経営。戦前築のアパートの住み込み管理人の息子として育った。「賃貸住宅に暮らす人の幸せを増やすことは、国全体の幸福につながる」と信じている。令和改元を期に、憧れの街だった埼玉県川越市に転居。

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