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「奥渋」近い住宅街に土砂の山。渋谷区富ヶ谷の工事停止命令について

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渋谷の「谷」に向かって下る土地

3月31日のこと。東京地方裁判所が下した決定が、不動産・建設業界、さらには全国の行政関係者の耳目も集めている。

建築工事において、ある程度の規模をもつ建物の施主の立場に立つこともある賃貸住宅オーナーも、知っておいてよい話となっている。

現場は、東京都渋谷区富ヶ谷1丁目の住宅街だ。東に直線距離で500~600メートルのところにはNHK放送センターの敷地が広がっている。

その北に接するのは、代々木公園。

付近の地理をよく知る人ならば、いわゆるクールな「奥渋」の近く、閑静な家並みの続く辺りかと、大方のイメージが湧くことだろう。

ここからやや北上し、小田急線の線路を越えると代々木八幡宮がある。その境内をのせた丘から渋谷の「谷底」に向け、土地が少しづつ下っていく途中に問題の箇所はある。

擁壁が撤去、土砂の「山」が眼前に

この場所では、昨年6月より工事が行われていた。マンション建設のためのものだ。具体的には、それに先行して敷地を整えるための既存擁壁の撤去工事となる。

擁壁がある、ということで、現地は傾斜地だ。つまり崖となる。

地上3階・地下1階建てと計画されるマンションは、新たに設置される擁壁が裾部分を覆う崖上の土地に建てられることになる。

ところが、この過程で問題が起きた。

細い道路を挟んだ崖下の家々に住む住民の目の前に、広大な土砂の山が積み上がってしまったのだ。

この山は、既存の擁壁の裏側にあった土が削り取られ、それが崖上に積み上げられたことで主に生じた。

その規模は、住民の告発状などをもとにした新聞報道から引用すると、

削り取られた部分
―――高さ4メートル、幅80メートル、奥行き5メートル

積み上げられた部分
―――高さ4~5メートル、長さ70メートル

その結果、山全体としての高さは、前面に建つ住宅の2階かそれを超える程度に及んでおり、既存擁壁が撤去されたことと相まって、東京都心の住宅地に現れるものとしては、たしかにかなりの「圧」を感じさせるものとなっていた。(報道やさまざまな発信により、山の高さは8メートルあるいは10メートルと表現されている)

そのうえで、住民が抱いたのは具体的な危機感だった。

「この山が大雨等で崩れたら、道路や崖下の家は土砂で埋まる。住人や通行人の人命にも危険が及ぶ」

そこで、昨年10月、住民は東京地裁に対し申し立てを行った。

工事の監督権者である渋谷区に対し、施工の停止を業者に命じるよう、求めるといった内容のものだ。

これを受け、冒頭に記した3月末、地裁は住民の声を汲むかたちで、

「渋谷区長は、業者に対し、工事の施行の停止命令を仮にせよ」

との決定を下している。

そこで、渋谷区は、翌4月の6日付けで、この決定に従い業者への処分(工事施行停止命令)を行った。

処分の根拠は、

「宅地造成及び特定盛土等規制法(略して盛土規制法)第12条(宅地造成等に関する工事の許可)第1項」に違反。

要するに、業者は渋谷区の許可を得ないまま、ここで違法な工事を行っていたことになる。

違反をさせたのは渋谷区?

ところが、大事な論点はここからとなる。

裁判所の決定によって、業者は上記のとおり無許可の工事を行った立場におかれたが、そもそもこの工事において、許可は必要ないと判断していたのが渋谷区だった。

そのため、区議会においても、あるいはマスメディアへの説明においても、区側はその旨を一貫して主張している。

その根拠は、単純にいえば「工事はまだ途中」ということだ。

前述のとおり、現場周辺の人々が危機感を抱いた土砂の「山」にあっては、既存の擁壁の裏側にあった土が削り取られ、それが崖上に運ばれたことで主に生じている。

その結果、現地においては相当な規模の切土(既存擁壁裏側)および盛土(崖上)が出現したように見えるが、区の見解では、これらは古い擁壁を取り除き、新たなものに置き換える過程で発生した一時的なものにすぎない。

そのうえで、削られた土砂は、一旦崖上に積み上げられはしたものの、新設される擁壁の裏側にあとで埋め戻される。すなわち、その際は「切土」も「盛土」も無くなる。

要は、こうした一時的に生じる切土的状態や、盛土的状態というのは、いわば本物の切土、盛土ではなく、単なる土砂の移動、堆積となる。

よって、盛土規制法による規制は適用されず、すなわち「許可は要らないはず」というのが、行政のプロとしての区なりの理解だったようだ。

ちなみに、盛土規制法の施行規則には、たしかにそれを裏付ける記述もある。

「工事の施行に付随して行われる土石の堆積であって、当該工事に使用する土石又は当該工事で発生した土石を当該工事の現場又はその付近に堆積するもの」(は、許可が要らない)

もっとも、読んでのとおり、堆積とはどの程度の規模や期間に収まるものをいうのか、実際の判断は微妙にブレそうな雰囲気のものとはなっている。

いまそこにある危険を見過ごすな

ともあれ、東京地裁は、今回、渋谷区がこの工事を許可不要のものとした判断を誤りであるとした。そのため、現に行われている工事を仮に(一旦)停止させるよう、区に対し命じた。

要は、いまそこにある危険を見過ごすなということだ。

あとから消えて無くなる切土、盛土であっても、それが存在するかぎりにおいてそれは「本物の」切土、盛土にほかならない。よって、それが法の定める規模以上のものであるならば、それらにはあくまで法による規制が適用されるとの判断になる。

なおかつ、住民は事故を怖れているし、現地の状況から見てそれは妥当であるとの判断だ。

一方、渋谷区の法解釈については、理屈として成り立つ可能性も否定できない。しかしながら、今回は裁判所が人命と財産の危機にかかわる現状を重んじたことで、ある意味、一蹴されたといえるだろう。

ちなみに、盛土規制法は出来てから日が浅い。2022年に公布され、翌年施行されている。きっかけは、21年7月に静岡県熱海市で起きた大規模土石流災害だ。多数の死者が出たこの事件によって、「盛土」という言葉が一気に多くの人に知られることにもなった。

そのうえで、若い法律は、司法などの判断や解釈に揉まれる経験も少ない。その意味で、今回はまさにその経験がひとつ生まれたということにもなるだろう。

なお、渋谷区は、前述のとおり裁判所の決定に従い業者を処分したが、他方、「改めて区の考えを述べるため」として、翌日、即時抗告も行っている。いわゆる不服の申し立てだ。

そのため、今般盛土規制法の解釈については、今後さらに法理が詰められていくことになると思われる。

ちなみに、今回の地裁の決定に対しては、世の中の多くの建設、土木工事への影響が少なくないとの声もある。

何分にも、建設工事、土木工事というものは、通常、その過程で周囲にさまざまな危険を及ぼすものだ。それらは、抑えようとすればするほど、時間、労力、設備等々のコストに反映されていく。

とはいえ、わが国の現在(いま)という時代においては、社会が安全と安心にきわめて高い価値をおいている。また、そのことにわれわれは総じて敏感になっている。

あらゆる事業や活動に対し、安全・安心への努力をコストの負担も含め、ときに激しいほどに強く要求しているようにも思われる。

(文/賃貸幸せラボラトリー)

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この記事を書いた人

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賃貸住宅に住む人、賃貸住宅を経営するオーナー、どちらの視点にも立ちながら、それぞれの幸せを考える研究室

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