ウチコミ!タイムズ

賃貸経営・不動産・住まいのWEBマガジン

まちと住まいの空間 第43回 江戸・東京の古道と坂道 森鴎外の住まいがあった団子坂をめぐる――三崎坂上からから~藍染川(3/3ページ)

岡本哲志岡本哲志

2022/01/21

  • Facebook
  • Twitter
  • LINE
  • Hatebu

観潮楼(現・森鴎外記念館)と古道の薮下通り

森鴎外記念館(東京都文京区千駄木1-23-4)は、本郷通りに抜ける団子坂上の道(現・大観音通り)と薮下通りが交差する角地にある。かつては観潮楼と名付けられた森鴎外の自邸だった。

森鴎外はこの団子坂上の屋敷に明治25(1892)年から大正11(1922)年まで、60歳で亡くなる30年間(1892〜1922)を家族と共に住み続けた。森鴎外が暮らした観潮楼の正門は、薮下通りに面して設けられた。潮見する風景と一体になった配置である。

鴎外没後の昭和12(1937)年には母屋が焼失する。現在の森鴎外記念館は平成24(2012)年に竣工した。正面入口は大観音通り側にあり、裏口が観潮楼の正門にあたる。少し当時の観潮楼をイメージしながら、鴎外や文人たちが出入していたころの正面玄関から薮下通りに出てみよう。薮下通り左手下に団子坂の賑わいを感じ、天気の良い日には前方に東京湾や遠く房総半島までをパノラマで一望できた。


薮下通り沿いの崖、遠方にスカイツリーが見える(2020年撮影)

贅沢の極みのロケーションだが、屋敷の2階からの眺望はさぞかし素晴らしく、絶景を楽しめたに違いない。ところで、森鴎外の父・静夫はしっかりとその眺望を楽しめたのだろうか。他人事ながら気がかりになる。

団子坂は、江戸時代末から明治期までがいちばん活況を呈した時期だった。道の両側には菊人形の小屋が数多く出店し、大いに賑わう。その様子は『明治東京名所図会』にも描かれ、その顧客を当て込み蕎麦屋が店を出するようになる。なかでも評判の店として伝説の元祖「藪そば」があった。「薮下」という道の名前は、そんな人気の蕎麦店のルーツともつながる。食の団子屋の方はぱっとせず記憶から消えてしまうが、坂道の名としてしっかりと残り続けた。

本郷台地から下る坂道は、高低差もあり、急勾配な崖となる。それだけでなく、坂上の本郷台地側は寛永期すでに大名屋敷が占めていた。団子坂からは真直ぐ中山道(現・本郷通り、国道17号線)に抜けられず、迂回を余儀なくされた。本郷台地の一番高いところを通る中山道と下の「根津谷」と呼ばれる谷筋の道(現・不忍通り)、その中間、つまり本郷台地の斜面に根津神社裏門から駒込方面へ抜ける「藪下道(やぶしたみち)」が通され、自然にできた脇道として古くから利用され続けた。

車が通るようになる以前は、より幅の狭い道だった。東側は急斜面の崖となり、高い建物もなく眺めがいい。木々に覆われた小道の閉塞感と、斜面側に房総半島まで望める雄大な展望が合わさり、心地よい空間をつくりだした。現在も車の往来が少なく、高低差のある東側の崖を眺めると、鴎外が歩いた時代はさぞかし素敵な散歩道だったのだろうと想像してしまう。

眺望の良さを気に入り、鴎外の父・静男が隠居先の地としてこの場所を選ぶが、本当は魅力的な尼さんとすれ違ったのが決定要因だったのかもしれない。それはともかく、本郷方面からサロンとなっていた観潮楼を訪れる文人たちも、観潮楼へ行くにはこの道が便利であり、風景を愛でながら通った。現在でも、ごく自然に開かれた道の趣を残しており、森鴎外が生きた時代にタイムスリップできる。

【新シリーズ】
江戸~明治へとタイムスリップできる上野の坂道
江戸・東京の古道と坂道 西日暮里駅から行く上野台地にある3つの坂道

【シリーズ】ドキュメンタリー映画に見る東京の移り変わり
①地方にとっての東京新名所
②『大正六年 東京見物』無声映画だからこその面白さ
銀座、日本橋、神田……映し出される賑わい
④第一次世界大戦と『東京見物』の映像変化
⑤外国人が撮影した関東大震災の東京風景

⑥震災直後の決死の映像が伝える東京の姿
関東大震災から6年、復興する東京
⑧昭和初期の東京の風景と戦争への足音
⑨高度成長期の東京、オリンピックへ向けて
⑩東京の新たな街づくり、近代化への歩み
⑪江戸と昭和の高度成長期への変貌(『佃島』より)

【シリーズ】「ブラタモリ的」東京街歩き

  • Facebook
  • Twitter
  • LINE
  • Hatebu

この記事を書いた人

岡本哲志都市建築研究所 主宰

岡本哲志都市建築研究所 主宰。都市形成史家。1952年東京都生まれ。博士(工学)。2011年都市住宅学会賞著作賞受賞。法政大学教授、九段観光ビジネス専門学校校長を経て現職。日本各地の土地と水辺空間の調査研究を長年行ってきた。なかでも銀座、丸の内、日本橋など東京の都市形成史の調査研究を行っている。また、NHK『ブラタモリ』に出演、案内人を8回務めた。近著に『銀座を歩く 四百年の歴史体験』(講談社文庫/2017年)、『川と掘割“20の跡”を辿る江戸東京歴史散歩』(PHP新書/2017年)、『江戸→TOKYOなりたちの教科書1、2、3、4』(淡交社/2017年・2018年・2019年)、『地形から読みとく都市デザイン』(学芸出版社/2019年)がある。

ページのトップへ

ウチコミ!