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埼玉県人はなぜディスられても平気なのか。この答えでどうだろう?

朝倉 継道朝倉 継道

2023/12/26

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われは埼玉県人

埼玉県人はなぜディスられても平気なのか。初めに答えを言おう。

その理由は、埼玉をディスられることこそが、埼玉県人にとっては、埼玉県人としてのアイデンティティが確立することそのものだからだ。

ちなみに、筆者は20代半ばまでを北海道で暮らしている。その後、埼玉県人となった。当時の浦和市(現さいたま市の一部)に住み、毎日、東京都心にあるオフィスに通う生活をした。

その後、しばらくの間東京人となり、今は再び埼玉県の川越市で暮らしている。

嘲笑映画が地元でヒット

今(23年12月中旬)、1本の映画がヒットしている。「翔んで埼玉~琵琶湖より愛をこめて~」という作品だ。

配給元の発表を各メディアの報道から孫引きすると、

  • 公開初日(11月23日)からの4日間の興行収入、6億2961万6310円。全国興収ランキングの1位
  • 同じく、観客動員数44万4546人

興行通信社による週間映画ランキング(観客動員数)を見ると、

  • 11月24日~11月30日 第1位
  • 12月1日~12月7日 第1位

公開翌日以降2週連続の1位、いわゆるロケットスタートとなっている。

ちなみに、この作品は多くの読者もご存じのとおり、前作「翔んで埼玉」(19年)の続編となっている。

埼玉県への強烈な「ディスり」をテーマにしたこの映画だが、結果的に興行収入37億6千万円を記録するヒット作となった。なお、この数字が30億を超えると「大ヒット作」と呼ばれることが近年は多いらしい。

さらに、話題となったのは、この大ヒットを地元(?)である埼玉県が支えたということだ。

こちらも、数字を埼玉県議会での答弁から孫引きすると、都道府県別興行収入の約24%を埼玉県が占めたという。つまり1/4近くとなる。

「埼玉県人にはそこらへんの草でも食わせておけ!」

と、地元を強烈にディスる(おちょくる、けなす、嘲笑う、からかう、差別する)作品を観るために、多くの地元民が、わざわざスクリーンの前に駆け付けたことになる。

こうした埼玉県人の不思議な行動については、世間に色々と分析も多い。なかにはかなり思い詰めたようなものもあったりするが、筆者の答えは、冒頭に示したとおり簡単なものだ。

埼玉県人にとっては、「埼玉をディスられることこそが、埼玉県人としてのアイデンティティが確立すること」そのものだと思うからだ。

このことは、筆者のふるさとである北海道のことを考えると非常に分かりやすい。

北海道で土地ネタの冗談は禁物

日本の各地方、地方において、北海道ほどアイデンティティのはっきりした土地はほかにない。

そもそも、その物理的な形態からして北海道は「1島」が「1道」(1島と言ってしまうのは語弊があるがあえて)であって、しかも「道」という行政上の呼称も国内唯一のものだ。

さらに、その島のデザイン(?)たるや、そのままブランドマークとして使えるほどの端正さを偶然ながら備えている。

また、北海道にも、いわゆる旧藩、旧国、旧県は存在したが、それが住人意識に影響を与えている度合いはほぼ0%といっていい。

気候、風土、および歴史、それに基づく文化の独立性が、他都府県に比べては沖縄に次いで色濃く、そのため、メディアによる発信も地域内での完結性を整えやすい。

よって、そうした影響下、北海道民にあっては自らが「北海道人」であることへの意識は、今のところ極めて高い。なおかつ、それは微妙な意味も含めてまだ若々しく(叢生の初めは事実上札幌オリンピック後と筆者は思っている)、それだけに緊張感に満ちているとも言えるだろう。

すなわち、ガラスのようなアイデンティティを持つこうした場所において、たとえば埼玉県が受けているようなディスりは禁物となる。

わずかなひっかき傷が、ディスる方、ディスられる方、双方に致命的な結果を残すことになりかねない。

「北海道の人に土地ネタでの冗談はかすかにも通じない」

は、それで失敗した人からよく聞かれるボヤきだが、実のところ以上が理由となる。

埼玉県人の多くは路線族

一方、埼玉だ。

こちらは、北海道とはまるで逆となる。そもそもアイデンティティらしいアイデンティティがあまり無い。

というか、その状態にある時間が、過去にやたらと長かった。

理由は、タイミングのいいことに、今上映中の「翔んで埼玉~琵琶湖より愛をこめて~」が、その半分をうまく説明してくれている。

同映画には、「路線族」とよばれる人たちが登場する。

埼玉では、この概念は非常に重要だ。この県では、およそ近代以降、多くの住民が東京都心部から放射状に伸びる鉄道路線の沿線を自らの生活上の小宇宙として暮らしている。

筆者も、過去にはそうした路線族のひとりだった。水槽に棲む魚のように、浦和と東京都心を結ぶ1、2本のJR線沿いこそがわが小宇宙となっていて、普段なかなか他に意識が及ばない。

よって当時、筆者は別段他意なく「今自分は東京にいる」と思っていた。

あえて「どこの人か」と、地域上のアイデンティティを問われれば、それは先ほどの北海道にほかならなかった。ちなみに、北海道にいる親の方も、筆者を指して「東京に行っている息子」と他人には語っていた。

これでは、埼玉県にアイデンティティなど感じようがない(笑)。

(参考までに、20年の国勢調査によるデータでは、従業地・通学地が「他県」である割合は、埼玉が全国一となっている)

一方で、埼玉県に昔から住んでいる古い人はどうだったのかといえば、彼らもこの面では心もとなかった。なぜなら、埼玉県はそもそも歴史上今あるような範囲でまとまっていたことがない。

たとえば、藩政時代、今の埼玉県の県域にあっては、川越、岩槻、忍のいわゆる武蔵三藩のほか、おびただしい数の他藩領、幕府直轄領、旗本知行地などが、それこそ錯綜しており、異動・変動も多かった。つまり、宮城県人が伊達政宗の三日月型の前立てにアイデンティティを象徴させるような、よりどころたるものを埼玉県はまるで持たない。

なおかつ、そうした錯綜は明治維新後も続き、明治9年(1876)にいよいよ今の埼玉県が誕生したのちは、ほどなくして先ほどの鉄道による県内“分断”が始まっていく。

とどのつまり、埼玉県人は、自らが埼玉県人であることを意識しうる機会を過去に一度も持ったことがない。

通勤電車に毎朝乗り合わせる他人同士のように、互いの顔をわずかに記憶しつつも、同体意識を持つことなく、この土地に住む「川越さん」「大宮さん」「草加さん」「熊谷さん」「所沢さん」――たちは、大げさにいえば有史以来を過ごしてきたと言っていい。

ハートを貫いた「そこらへんの草」

そこに、一個の刺激が転がり込んだのが19年となる。「埼玉県人にはそこらへんの草でも食わせておけ!」の前作映画、「翔んで埼玉」の公開がそれだ。

これは、埼玉県人にとって単なる一映画の公開ではなかった。

埼玉県人は、ここで全国から脚光を浴びるかたちで、初めて自分たちのアイデンティティを掴むこととなった。

そのアイデンティティが「ディスられる存在」という、いささか微妙なものであっても、おそらく多くの埼玉県人において、このことは屈辱よりも快感の勝る結果となったはずだ。

なぜなら、現在、埼玉県人は自らのアイデンティティが欲しい時期を迎えている。

端的にいえば、バブル期前、80年代初頭の頃には550万程度だった人口が、現在は約730万人を数えるまでになっている。(1.3倍を超える)

すなわち、ざっと言えることとして、

  • 「埼玉で生まれ育った人、学んだ人、青春を過ごした人」
  • 「埼玉で亡くなる予定の人」

が、現に激増している。

そのため、そうした「わが土地」に、意味を求める個々人のニーズが、今の埼玉では地熱のように高まっていると言ってよく、そこに「翔んで埼玉」は、いわばメディカルに、あるいはドラッギーなかたちで、ハマることとなった。

その意味で、バブル時代に飛び交った「ダさいたま」の言葉は、空砲にすぎなかった。

なぜなら、当時、そもそも自らを埼玉県人だと意識していない路線族や、川越人、熊谷人等々にとっては、どこかの空で鳴っている昼間の花火にしか聴こえていない。

しかしながら、「翔んで埼玉」の「そこらへんの草でも食わせておけ!」は、今時分、いいタイミングで見事な実弾となった。

「埼玉」の名前に、意味や承認、あるいはシンボライズを求めていたわれわれの心を熱く貫いたというわけだ。

余談だが、このセリフを受け、いかにもそこらへんにありそうな春日部市のスーパーが、地元野菜を使った「そこらへんの草天ぷら」を19年にこしらえている。

そののち、商品は「そこらへんの草天丼」にも発展し、今やそこらへんの百貨店の催事に呼ばれるほどの人気となっている。

ちなみに、現在「翔んで埼玉~琵琶湖より愛をこめて~」を県を代表して推している大野元裕埼玉県知事といえば、風貌こそそこらへんの人だが、実はただ者ではない。

今年、全国知事選投票率での最低記録を更新した23.76%という、いかにも埼玉らしいすごい数字のなかから、そこらへんの票だけ拾い集めて当選したというなかなかのツワモノだ。筆者の1票も、たしかそこらへんに入っていた記憶がある。

(文/朝倉継道)

「翔んで埼玉」で埼玉を盛り上げよう! - 彩の国 埼玉県ホームページ

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この記事を書いた人

コミュニティみらい研究所 代表

小樽商業高校卒。国土交通省(旧運輸省)を経て、株式会社リクルート住宅情報事業部(現SUUMO)へ。在社中より執筆活動を開始。独立後、リクルート住宅総合研究所客員研究員など。2017年まで自ら宅建業も経営。戦前築のアパートの住み込み管理人の息子として育った。「賃貸住宅に暮らす人の幸せを増やすことは、国全体の幸福につながる」と信じている。令和改元を期に、憧れの街だった埼玉県川越市に転居。

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