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まちと住まいの空間 第37回 ドキュメンタリー映画に見る東京の移り変わり⑧ ――昭和初期の東京の風景と戦争への足音(『東京の四季』より)(4/4ページ)

岡本哲志岡本哲志

2021/06/16

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昭和の農村恐慌と戦争の影を隠す正月の賑わい

晩秋の風景として、赤坂離宮、日本勧業銀行、日本銀行、三井本館(1929年竣工)がいかにも頑丈そうで厳めしい建物の姿をみせる。昭和4(1929)年10月、米国での株の大暴落からはじまる世界恐慌は日本にも押し寄せ、輸出生糸の値が大暴落した。銀行や企業の倒産、小津安二郎の映画『大学は出たけれど』が話題になるほどの就職難だった。

大規模な凶作(1931年)に見舞われた東北地方では、娘を身売りしなければ生きていけない農家が続出する。映画『東京の四季』が完成した昭和7(1932)年、日本が清国最後の皇帝・溥儀を擁立し、中国から独立させるかたちで満州国が成立(3月1日)。5 月15日には5.15事件が起き、犬養毅首相が射殺された。軍部の戦争拡大路線は以降止まらず、大東亜戦争(第二次世界大戦)へと突入する。映画に映し出された光景にもその陰が落ちる。

歳末の風物詩は、正月準備の松や竹、蜜柑や酒が東京の市場に大量に積まれる映像を挿入する。ただ「暮の街」は、年末商戦の銀座の街頭であり、歳の市も銀座。この映画では、銀座の街が年の瀬の風景を一手に引き受けた。

新年を迎え、薮入りは浅草六区の賑わいを映す。フリップでは「相撲のにぎはいよりも 一層にぎはふ 薮入りの浅草」と。大相撲は昭和2(1927)年に年4場所(1場所11日間)となり、翌年からラジオ中継が開始された。勝負を争うスポーツに変化し、上々の相撲人気だった。それを引き合いに出してまで、浅草六区の賑わいがいかにもの凄いかを映像で伝える。


写真/浅草六区の劇場街、『日本地理大系 東京篇』(改造社、1930年)より

再びの「春」に映される靖国と紀元節、意外な東京の風景

「春近く雪降る」のフリップ。

東京は3月に雪の降るケースが多い。3月の雪となれば「井伊大老受難の桜田門」となろうか。「桜田門外の変」は旧暦安政7年3月3日(西暦1860年3月24日)、雪模様の日に起きた。映像も現在国会議事堂が建つ井伊家上屋敷跡を望む桜田濠と外桜田御門の雪景色を撮る。

近代の雪景色となると、日比谷公園、銀座通りも定番だが、『東京の四季』では郊外電車が走る線路脇の空地で雪合戦を楽しむ子どもたちの姿がじっくりと映し出された。雪の固まりを顔に受け、ときに本気モードになる子どもの様子もしっかりと撮る。この映像は、関東大震災以降に郊外の生活が徐々に定着しつつあった新しい風景である。

春が近づく2月11日は九段の靖国神社から。上野公園などの各会場では紀元節(日本の初代天皇とされる神武天皇の即位日)の式典が盛大に行われた。

「小さな参列者」のフリップとともに、軍服姿の小さな子どもたちが映る。あどけない表情から、子どもたちにまで戦争の陰がまだ忍び寄っていないかのようにも見えるが。紀元節の行事は、各会場から二重橋前に移動し「天皇陛下萬歳!!」を唱和して終わる。

『東京の四季』を観て特に印象深いシーンが最後の方で待ち受けていた。

「帝都東京に再び春がおとづれる」のフリップが出された後、ラストシーンとなる映像である。中央気象台の屋上から、丸の内の街並みを鑑賞できるとは思わなかった。このような方角から丸の内を観たのははじめてであり、この映画の見どころの一つだろう。

『東京の四季』は、全体を通じて江戸からの四季を彩る風物詩がこまかくちりばめられていた。登場する風景もかなりの数にのぼり、一つひとつの映像は見応えがある。強く印象に残るシーンは、関東大震災から復興した東京の都市風景であり、その一方で、悲惨な戦争が忍び寄る光景として、ときどきに登場する子どもたちの軍服姿があった。

【シリーズ】ドキュメンタリー映画に見る東京の移り変わり
①地方にとっての東京新名所
②『大正六年 東京見物』無声映画だからこその面白さ
銀座、日本橋、神田……映し出される賑わい
④第一次世界大戦と『東京見物』の映像変化
⑤外国人が撮影した関東大震災の東京風景

⑥震災直後の決死の映像が伝える東京の姿
関東大震災から6年、復興する東京

【シリーズ】「ブラタモリ的」東京街歩き

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この記事を書いた人

岡本哲志都市建築研究所 主宰

岡本哲志都市建築研究所 主宰。都市形成史家。1952年東京都生まれ。博士(工学)。2011年都市住宅学会賞著作賞受賞。法政大学教授、九段観光ビジネス専門学校校長を経て現職。日本各地の土地と水辺空間の調査研究を長年行ってきた。なかでも銀座、丸の内、日本橋など東京の都市形成史の調査研究を行っている。また、NHK『ブラタモリ』に出演、案内人を8回務めた。近著に『銀座を歩く 四百年の歴史体験』(講談社文庫/2017年)、『川と掘割“20の跡”を辿る江戸東京歴史散歩』(PHP新書/2017年)、『江戸→TOKYOなりたちの教科書1、2、3、4』(淡交社/2017年・2018年・2019年)、『地形から読みとく都市デザイン』(学芸出版社/2019年)がある。

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