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「犬神家の一族」の相続相談(2)――複雑な家族関係に込められた犬神佐兵衛の思い(2/2ページ)

谷口 亨谷口 亨

2021/02/15

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不遇な生い立ちの犬神佐兵衛の長男

さらに犬神家の系図には青沼菊乃さんと、その子・静馬くんの名前があります。

青沼菊乃さんというのは、いわゆる佐兵衛翁の内縁の妻で、そこに生まれたのが佐兵衛翁のもう1人の子どもである静馬くんです。遺言状が公開された段階では、菊乃さん、静馬くんともに生死は不明です。

佐兵衛翁は、この菊乃さんのことをかなり愛していたようですが、年齢的に松子さん、竹子さん、梅子さんと同世代ということもあって、この3人娘からひどく疎まれます。加えて、

〈菊乃の腹に生まれるのが男子だったら……佐兵衛翁は菊乃におぼれきっているのだし、それがいままで望んで得られなかった男子を生むとすれば、佐兵衛翁ははじめて正室をもつことになるかもしれない、そして、犬神家の全財産はその子にとられるかもしれぬ……〉

と犬神家の顧問弁護士・古館恭三弁護士が言うように、静馬くんを産んだ菊乃さんへのいじめはエスカレートしたようです。

古館弁護士によれば、菊乃さんに対する松子さん、竹子さん、梅子さんのいじめは、

〈それは実に言語道断な方法ではげしい攻撃の手を加えたということです。(中略)このままでいけば、やがて三人の娘にいびり殺されると思った。そこで佐兵衛翁のもとを逃げ出してしまったのです〉

というほどのものでした。

こう見ていくと、菊乃さんの子どもである静馬くんは、佐兵衛翁の実子の中で唯一の直系男子でありながら、“大財閥の巨頭の実子”という恩恵をまったく受けていない、かなりかわいそうな境遇だったように思います。

こうしたこともあって、佐兵衛翁は松子さん、竹子さん、梅子さんの3人の娘のことを嫌っていたであろうことは推察できます。

そんな佐兵衛翁の思いが込められたのが、事件の発端となった遺言状なのです。

大恩人・野々宮家への強い思い

こうした犬神一族との関係が深かったのが、「乞食同様(原文ママ)」だった佐兵衛翁に目をかけてくれた大恩人、野々宮大弐さんの野々宮家です。

佐兵衛翁が助けられたとき、野々村大弐さんには20歳年下の晴世さんという奥さんがいました。そして、その後、この夫婦に祝子(のりこ)さんという子どもが生まれます。そして、祝子さんに婿を斡旋したのは佐兵衛翁で、祝子さんの娘が珠世さんです。

しかしながら、大恩人である野々宮家の大弐さん、晴世さん、祝子さんは珠世さんが20歳になる前に他界。珠世さんは犬神家に引き取られ、

〈一種特別な待遇……大事な主家のわすれがたみとして下へもおかぬ丁重な、客分をうけていた〉

ということでした。

そして、この珠世さんが、佐兵衛翁の長い長い遺言状のキーパーソンになります。

実は、珠世さんと佐兵衛翁は浅からぬ関係にあるのですが、それは小説のとても重要な部分であり、ネタバレにもなるため、その関係については小説や映画にて確認してください。

さて、聡明で「絶世の美人」という珠世さんは、佐兵衛翁の臨終の席で財産の行方ばかりを気にしていた松子さん、竹子さん、梅子さんの3人娘、またそれぞれの夫、その子どもなど犬神家の親族とは違い、唯一、佐兵衛翁を思いやっていたといいます。おそらく遺産を目当てにすることもなかった珠世さんを佐兵衛翁は大切に思い、かなり信頼していたのではないかと私は見ています。

以上が佐兵衛翁を取り巻くおおまかな人物関係です。

それにしても、頭脳明晰、眉目秀麗だったはずの佐兵衛翁が、なぜ一生、正妻を持たなかったのか。ここが謎ではありますが、それこそが犬神家の一族が抱えた宿痾でもあったのかもしれません。

次回は、いよいよ「犬神家の一族」の事件のきっかけになった、長く複雑な遺言状の中味について、読み解いていきます。

「犬神家の一族」の相続相談(1)――臨終の席で明らかにされた遺言状の衝撃
「犬神家の一族」の相続相談(2)――複雑な家族関係に込められた犬神佐兵衛の思い
「犬神家の一族」の相続相談(3)―― 一族を震撼させた犬神佐兵衛の遺言状
「犬神家の一族」の相続相談(4) ――「信託」を使えば犬神家で起こる事件を防げるか


Blu-ray『犬神家の一族 角川映画 THE BEST』©︎KADOKAWA 1976 2000円+税/発売:KADOKAWA

 

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この記事を書いた人

弁護士

一橋大学法学部卒。1985年に弁護士資格取得。現在は新麹町法律事務所のパートナー弁護士として、家族問題、認知症、相続問題など幅広い分野を担当。2015年12月からNPO終活支援センター千葉の理事として活動を始めるとともに「家族信託」についての案件を多数手がけている。

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