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「犬神家の一族」の相続相談(1)――臨終の席で明らかにされた遺言状の衝撃(1/3ページ)

谷口 亨谷口 亨

2021/01/21

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横溝正史の長編推理小説『犬神家の一族』。戦後直後の昭和20年代、莫大な財産を築いた犬神財閥の犬神佐兵衛が遺した遺言状(現在の「自筆証書遺言」)をきっかけに、次々と殺人事件が起きるという小説です。名探偵・金田一耕助が登場し、映画やテレビドラマにもなったことでよく知られています。

『犬神家の一族』が、横溝正史のほかの小説、あるいはこれまで数々の作家によって書かれてきた相続争いを描いた小説に比べて興味深いのは、被相続人である佐兵衛が、遺言状で財産を簡単には相続できないようにしているところです。佐兵衛にはその理由があるはずですが……。

そこで、時代背景も現代の民法とも異なる、さらに小説という架空の話ではありますが、実際にこうした相続の相談を受けたら、私ならどういった提案をするか――。現代の弁護士として、大きなトラブルが起きないように、また佐兵衛の思いと大きくずれないように、犬神家一族の相続を真剣に考えていきます。

◆◆◆

財閥創始者が遺した“いささか非常識”な遺言状

『犬神家の一族』の舞台は昭和20年代、信州は那須市という架空の街。物語の最初のクライマックスは犬神財閥の創始者、犬神佐兵衛(以下、佐兵衛翁)が那須湖畔の本宅で亡くなる臨終の場面です。その後、次々と殺人事件が引き起こされていきます。

なぜ、殺人事件が起きたのか――。

一言でいってしまえば、相続トラブルです。現代でも“争族”という言葉があるように、これまで仲が良かった親族ですら、遺産をめぐって憎しみ合うような状況になることはよくあります。そのため、大きな財産を持っている人ほど、生前整理や遺言書の準備、また、相続税対策をしています。

佐兵衛翁も一代で莫大な財産を築き上げており、亡くなる前に非常に詳細な遺言状を遺していました。にもかかわらず、親族間での殺し合いにまで発展してしまいます。

なぜなら、佐兵衛翁の遺言状は、もめるだろうと思わざるを得ないような内容だったからです。

佐兵衛翁の遺言状を預かっていた顧問弁護士の古館恭三弁護士も、

〈いささか非常識ではないかと思われるくらい変わっているんです。これはまるで遺族のひとびとを互いに憎み合うように仕向けることも同様だと……云々〉

と話しているほどの内容でした。

私も弁護士の立場で佐兵衛翁の遺言状を読むと、なんとも不思議な感覚を覚えました。なぜ、このような遺言状を遺したのか、むしろ遺さなければよかったのにとさえ思います。古館弁護士も事前にアドバイスをすることができなかったのか、とにかく不思議なのです。

佐兵衛翁の遺言状には、小説ということもあってか、現金、預貯金、株などの有価証券、不動産、会社の経営権といった相続資産の詳細は出てきません。小説で記されているのは財産を誰に相続させるか、そして相続にあたっての細かな条件設定です。しかし、この条件設定がもめごとを起こさせる原因となっています。

ですので、現代に当てはめてこの遺言状が「有効か、無効か」と問われれば、間違いなく「無効」といえるものです。さらに被相続人である佐兵衛翁の真意はどこにあるのか理解に苦しみますし、遺言状で復讐を企てているのかとすら思うほどです。

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この記事を書いた人

弁護士

一橋大学法学部卒。1985年に弁護士資格取得。現在は新麹町法律事務所のパートナー弁護士として、家族問題、認知症、相続問題など幅広い分野を担当。2015年12月からNPO終活支援センター千葉の理事として活動を始めるとともに「家族信託」についての案件を多数手がけている。

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