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今日もどこかの街で美食探訪 ねこやま大吉のグルメ狩人

中央区道頓堀(大阪市) 大阪の商人が守り続けてきた歴史と味 創業弘化元年 老舗「たこ梅」の関東煮(1/2ページ)

ねこやま大吉ねこやま大吉

2020/02/01

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大阪商人の町「船場」

町人文化の中心であった船場。現在の大阪市中央区に位置する一画である。

江戸時代には芝居小屋・水茶屋などが建ち並び、そこに集まる大勢の人達とともに、商店・食べ物屋も自然に繁盛した。成安道頓が新川奉行に任命され、大阪湾からの物資を運ぶ水路を整える事業に着手。大坂の陣で戦死したあとは、安井九兵衛がその遺志を引き継ぎ、私財を投じて完成させた。その偉業功績を称え「道頓堀」と名付けられたという。

公家の言葉を残す 「船場 あなたさま言葉」

江戸時代以降、天下の台所といわれ繁盛した 船場。「かんにん」「おおきに」「いてさんじます」など公家言葉に影響を受けたとされる品のいい言い回しは、京都よりもここ船場に受け継がれたともいわれている。

商いが盛んだったが故に1人称言葉(私)を2人称扱い(あなた)で使う独特の言い回し、例えば「自分何食べますか?」(あなたは何 を食べますか?)などは、町の文化が育てたのかもしれない。船場格言として有名な、接客の基本ができている店は繁盛するという意味の「おいでやす、ごめんやすには蔵が建つ」は、実にいい言葉ではないかと思うのである。

創業弘化元年、175年の歴史を守る「たこ梅」ここにあり

道頓堀に建ち並ぶビル界隈の中に、一軒だけ2階建ての日本家屋が。誇らしげに赤く光る提灯には「関東煮」(かんとだき)とある。間口はそれほど広くはないが店先に垂れさがる大きな暖簾が「おいでやす」と手招きしているようだ。

関東煮の呼称は、関東人が持ってきた料理、中国の広東料理を想像して作ったなど諸説あるようだが、他店との違いは、常にぐつぐつ沸騰させているという点だ。おでん料理でここまで出汁を沸騰させているのは初めて見た。タネが所狭しと肩を並べ、踊りながらその“出番”を待っている。

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この記事を書いた人

編集者・ライター

長年出版業界に従事し、グルメからファッション、ペットまで幅広いジャンルの雑誌を手掛ける。全国地域活性事業の一環でご当地グルメを発掘中。趣味は街ネタ散歩とご当地食べ歩き。現在、猫の快適部屋を目指し日々こつこつ猫部屋を制作。mono MAGAZINE webにてキッチン家電取材中。https://www.monomagazine.com/author/w-31nekoyama/

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