BOOK Review――この1冊『つまらない住宅地のすべての家』(2/2ページ)
BOOK Review 担当編集
2021/09/27
明らかになっていく逃亡犯の素顔、住民たちの抱える問題
真面目な彼女を、一千万円の横領と、その後の脱獄へと走らせた出来事は、住宅街のある住人と深く関わっている。物語が進むにつれ、徐々に明らかになっていく彼女の人物像。それは決して彼女を悲劇のヒロインとして憐れむための描写ではない。
突き放した筆致で描かれているからこそ、何か読み手の想像をかきたてるものがある。彼女の逃亡には二つの目的がある。その目的が達成されますようにと、読みながら願わずにはいられなくなる。
住宅街の住民やその周辺の人たちも、彼女に関心を抱く。それは平穏を脅かす者への恐怖であったり、怒りであったり、単にゴシップ的な興味であったりする。ともあれ住民たちの暮らしは、彼女の逃亡劇をきっかけに、少しずつ変化していく。
社会から受ける理不尽への腹いせとして犯罪を企てていた青年も、社会生活をうまく営めないであろう息子の先行きを案じていた夫婦も、親からネグレクトされている幼い姉妹も……。逃亡犯がやって来たらすぐに対応するために行われた交代での見張りによって、住民たちはお互いのことをそれまでよりちょっとだけ深く知ったり、交流したりするようになる。
物語の終盤、逃亡劇も終焉を迎える。そして、それを機に、住民たちは自分の暮らしを見つめ直し、それぞれが抱えた問題を好転させるために自ら行動し始める。ただし、登場人物たちが抱える悩みや苦しみが完全に取り除かれるわけではない。善なる行いと悪なる行いとが明確に線引きされ、善人が幸せに、悪人が不幸になるような単純な話でもない。
それでも物語を通じ、人とのちょっとした触れ合いによって、人は変わっていけるのだということを、改めて信じてみたくなる。
『つまらない住宅地のすべての家』は、そんな一冊だ。
BOOK Review――この1冊
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