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今日もどこかの街で美食探訪 ねこやま大吉のグルメ狩人

高知県(高知市) 四国遍路で出合った土佐の旨原石『明神丸』――職人が炭火と藁で焼き上げる土佐鰹を堪能(1/3ページ)

ねこやま大吉ねこやま大吉

2021/05/07

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写真/ねこやま大吉

土佐輩出の偉人たち

JR高知駅南口のこうち旅広場に立つ「武市卓平太」「坂本龍馬」「中岡慎太郎」の土佐三志像。この銅像を見て、土佐は高知に来たと実感。

薩長同盟の締結や大政奉還など大きな功績を残した土佐が生んだ維新の英雄、坂本龍馬。坂本龍馬らと共に薩長同盟の斡旋に尽力する陸援隊隊長、中岡慎太郎。優れた剣術家であり、黒船来航以降の時勢の動揺を受け、攘夷と挙藩勤王を掲げ土佐勤王党を結成する武市卓平太。

幕末の日本を動かした偉人たちである。

歴史の詳細はまたにするも、ここでふと考えた。坂本龍馬はこの土佐で何を食べていたのであろう……。

一般的に龍馬の好物は「軍鶏鍋」と言われているようだが、文献が残っておらず真相は定かでない。一説によると京都近江屋でその有志と卓を囲む折り、近所によく鍋の材料を買い出しに行っていた姿が目撃されたからだとも言われている。

どちらにしてもこの土佐の国。太平洋黒潮を目の当たりにして海の幸を口にしない筈がないと本能に任せて歩き出す。

高知の「おまち」 帯屋町筋

城下町として商人のあつまる一帯が、築城の頃より形成。長宗我部元親(ちょうそがべもとちか)が天正2(1574)年、土佐を統一した頃、大高坂山に築城を始め、山内氏入国の慶長6(1601)年頃から本格的に町づくりが始まる。この時期武家屋敷が集住している郭中(かちゅう)の中心地近くに商人たちの住む帯屋町がすでに存在し、この商店街の基になっている。確かに高知城城跡まで歩いて5分程度だろうか。現在はアーケードも整って雨風をしのげるそれではあるが、立ち並ぶビルなどがないため、きっと商店街のどこからでも高知城は見えるはずだ。

東西にのびる商店街を当時の風景と重ね合わせながら龍馬が食べたであろうそれを探す。

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この記事を書いた人

編集者・ライター

長年出版業界に従事し、グルメからファッション、ペットまで幅広いジャンルの雑誌を手掛ける。全国地域活性事業の一環でご当地グルメを発掘中。趣味は街ネタ散歩とご当地食べ歩き。現在、猫の快適部屋を目指し日々こつこつ猫部屋を制作。mono MAGAZINE webにてキッチン家電取材中。https://www.monomagazine.com/author/w-31nekoyama/

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