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まちと住まいの空間 第32回 ドキュメンタリー映画に見る東京の移り変わり③――銀座、日本橋、神田……映し出される賑わい(3/3ページ)

岡本哲志岡本哲志

2021/02/09

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歴史を背負う東京名所の定番、上野と浅草

映画で19番目に登場するフリップは上野。

タイトル名は「上野公園」である。ここでのシーンは「上野広小路からの入口」「西郷隆盛の銅像」「上野東照宮」「五重塔」「上野動物園の入口」「数々の動物たち」「不忍池と上野の山のパノラマ」「博覧会会場」と驚くほど要素が多く、上映時間も極めて長い。とはいえ、これらの多くは後で挿入されたシーンと考えられる。『大正六年 東京見物』に登場する絵模様で飾られたフリップに限ると、映された場所は通常1つか、2つのシーンである。だが、上野は8つものシーンで構成されている。「上野公園」の原型となる映像はどれなのか。サブの解説文は「昔は「忍が丘」と称せられたり 全山老樹を以て覆われ 中央は桜樹に富む」とある。

たまたまだが、上野東天紅の上層階で食事をする機会があり、そこから見た風景は映像にある「不忍池と上野の山のパノラマ」とほぼ同じ広がりで風景を楽しむことができた。


写真/不忍池と上野の山のパノラマ

また、映画のサブの解説文に従えば、「不忍池と上野の山のパノラマ」は『大正六年 東京見物』の原型となる映像から外せない。

風景としては文句ないところだが、これだけではどれくらいの人が上野公園だと認知できるだろうか。制作者側も「上野公園といえば」という定番をはじめに用意する必要があった。上野公園で必ず登場する絵葉書は「西郷隆盛の銅像」である。映像は上野広小路から階段を上がり、西郷隆盛の銅像へ導かれる。

映画の20番目に登場するは浅草だ。

浅草のタイトルは「浅草観音及十二階」である。ただし、サブの解説文はない。浅草は「言わずもがな」と、まずは「浅草観音堂(本堂)」となる。浅草寺には、近代の娯楽の殿堂である六区が隣接する。明治23(1890)年に完成した十二階(凌雲閣)は、明治後期になると展望施設として必ずしも人気を得ていたわけではない。それでも、ひょうたん池越しに望む十二階の光景は浅草に欠かせない風景名所となっていた。


絵葉書/ひょうたん池越しに見る十二階(凌雲閣)

十二階の外観は絵葉書の数も多かった。

浅草寺と六区は、近世をベースにその後の近代が住み分けながら新しい浅草像をアピールし、江戸から、明治、大正、昭和、高度成長期と、人気スポットであり続けた。現在では、浅草とスカイツリーが外せない東京観光の定番というところか。地方から東京を訪れた人たち、あるいは世界中から来る外国の人たちにとって、浅草は圧倒的ナンバーワンの東京名所なのだろう。

水の街東京――隅田川の近代

最後、21番目のフリップは「両国橋」。

両国橋は浅草と同様に文字の回りを装飾するが、サブの解説文はない。両国橋は明治34(1901)年起工し、明治37(1904)年に開通式が行なわれた。東京の橋の中でも重要な橋であることを示すように、細部の装飾に力が入れられた。

『大正六年 東京見物』では、両国橋のシーンに至るまで水都東京をイメージさせる風景が積極的に映像化されてこなかった。大正期の東京は、水上交通もまだ活発で、下町に細かく巡らせた掘割の隅々まで船が行き来していた時代である。

水の都東京を代表する日本橋は登場してはいるものの、陸からの視点が強い。そのため日本橋のシーンは水面が映されていない。この記録映画が特殊なのか、あるいは一般的なのか。当時の人たちの水辺に対する意識をもっと深めなければと、反省とともに解いていかなければならない重要なポイントであると確認できた。

撮影当時、隅田川を行き来する水上バス(乗合船)は『大正六年 東京見物』の映像にも出てくる。絵葉書にも度々登場する水上バス(乗合船)だが、当時欠かせない風景要素だったのだろう。わざわざ船が来る時間を待って撮影したと思われ、両国橋、両国国技館、水上バス(乗合船)が3点セットの意味を持つ構図となる。


絵葉書/両国橋、両国国技館、水上バス(乗合船)、3点セットの水辺風景

日本橋方面から来た自動車が両国橋を渡ると、中ほどから巨大なドームを冠した両国国技館が目の前の視界を占める。ランドマークとしても魅力を発する。辰野金吾・葛西萬司の設計で明治42(1909)年に竣工した両国国技館は、築後10年にも満たない真新しい姿で映される。賑わいの新名所として横綱の地位を得たかに思える。

【シリーズ】ドキュメンタリー映画に見る東京の移り変わり
①地方にとっての東京新名所
②『大正六年 東京見物』無声映画だからこその面白さ

【シリーズ】「ブラタモリ的」東京街歩き

 

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この記事を書いた人

岡本哲志都市建築研究所 主宰

岡本哲志都市建築研究所 主宰。都市形成史家。1952年東京都生まれ。博士(工学)。2011年都市住宅学会賞著作賞受賞。法政大学教授、九段観光ビジネス専門学校校長を経て現職。日本各地の土地と水辺空間の調査研究を長年行ってきた。なかでも銀座、丸の内、日本橋など東京の都市形成史の調査研究を行っている。また、NHK『ブラタモリ』に出演、案内人を8回務めた。近著に『銀座を歩く 四百年の歴史体験』(講談社文庫/2017年)、『川と掘割“20の跡”を辿る江戸東京歴史散歩』(PHP新書/2017年)、『江戸→TOKYOなりたちの教科書1、2、3、4』(淡交社/2017年・2018年・2019年)、『地形から読みとく都市デザイン』(学芸出版社/2019年)がある。

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