ウチコミ!タイムズ

賃貸経営・不動産・住まいのWEBマガジン

マンダラ塗り絵に現れる人の内面

ユングによってはじめられた現代社会での「マンダラ」の活用(1/2ページ)

正木 晃正木 晃

2020/03/08

  • Facebook
  • Twitter
  • LINE
  • Hatebu

なぜか「失見当識の状態」に陥るとマンダラを描く

マンダラによく似た図形が、文化や宗教の違いを超えて、世界中に見られる事実は、前回、指摘した。私たちの身の回りに、マンダラによく似た図形、あるいはマンダラに見立てられる物品がある事実も、すでに指摘した。視点を変えて、現代社会とのかかわりという視点からマンダラを考えるとき、絶対に無視できないのが、精神医学との関わりである。とりわけスイスの精神医学者、カール・グスタフ・ユング(1875~1961)とマンダラの関係は重要だ。

ヨーロッパで最初にマンダラの学術研究に大きな功績をあげたイタリアの東洋学者、ジョゼッペ・トゥッチ(1894~1984)は、ユングの盟友だった。そしてトゥッチはチベットの調査などを通じて得たマンダラにまつわる知見を、惜しみなくユングに提供した。
ユングとトゥッチのあいだに生じた影響関係は、文字どおり相補的だった。そもそもトゥッチがマンダラに興味をいだいたきっかけは、ユングとの出会いにあった。もし仮に、この二人が出会わなければ、マンダラを現代社会に生かそうなどと、誰も考えなかっただろう。

ユングによれば、統合失調症(精神分裂病)の患者が失見当識の状態にあるとき、つまり「私は誰?、なぜここにいるの?、ここはどこ?、いまはいったい何時なのか?」というふうに、自分自身が、いま、どういう状況におかれているのか判断できない状態にあるとき、マンダラによく似た絵を描く傾向が認められた。しかも病状が悪化する時期によりも、回復しようとする時期に、その頻度が高くなるらしかった。

マンダラ塗り絵のはじまり

もう少し具体的にいうと、主体性を喪失し、極端な没個性の状態に陥っていた患者に、一人ひとりの個性がよみがえってくる過程、すなわち「個性化」の過程で見る夢の中で、マンダラによく似た図形が出現する傾向が認められた。
また「能動的想像法」といって、特定の問題点、気分、絵画や出来事に精神を集中し、さらにそこからつむぎだされてくる一連のファンタジーに、なにも制約をくわえず、展開されるがままにしておき、やがて少しずつドラマ的な特徴を帯びるような方向へとみちびいていく方法を実践してときにも、マンダラによく似た図形が出現する傾向が認められた。

それらのマンダラによく似た図形は、患者の心の深層にひそむ何かが姿をあらわすらしいことに、ユングは注目した。ならば、患者にマンダラによく似た図形を描かせることで、病状の改善が可能になるかもしれない……。
以上のいきさつをへて、欧米に在住するユング派の精神科医や心理学者が、マンダラ型の塗り絵を考案し、治療に使い始めた。その後、日本でも一部の精神科医が、治療にマンダラ塗り絵を導入し、私自身も30年ほど前、チベット旅行に同行した知人の精神科医から、帰国後に「こんなものがありますが、興味がありますか?」と手渡された。

そのマンダラ塗り絵はアメリカ製で、すこぶる単純な図柄だった。ちょうどそのころ、私はチベット密教の図像研究に手を染めたところで、チベット・ヒマラヤ界隈をほとんど毎年、調査に訪れ、各地ですぐれたマンダラを数多く目にし、撮影していた。その経験からすると、いただいたマンダラ塗り絵は単純すぎて、おもしろみに乏しかった。もっと良いものを自分で描けるのではないかと考え、実際に描いてみた。
ただし伝統的なマンダラのコピーは避けた。それではあまりに抹香臭くて、現代人には受けいれられないと判断したためだ。

次ページ ▶︎ | 集中力と持続力――マンダラ塗り絵の効能

  • Facebook
  • Twitter
  • LINE
  • Hatebu

この記事を書いた人

宗教学者

1953年、神奈川県生まれ。筑波大学大学院博士課程修了。専門は宗教学(日本・チベット密教)。特に修行における心身変容や図像表現を研究。主著に『お坊さんのための「仏教入門」』『あなたの知らない「仏教」入門』『現代日本語訳 法華経』『現代日本語訳 日蓮の立正安国論』『再興! 日本仏教』『カラーリング・マンダラ』『現代日本語訳空海の秘蔵宝鑰』(いずれも春秋社)、『密教』(講談社)、『マンダラとは何か』(NHK出版)など多数。

タグから記事を探す

ページのトップへ

ウチコミ!