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「禅」から世界の「ZEN」へ――現代人にも大いに役立つ 釈宗演が残した「修養座右の銘」(2/4ページ)

正木 晃正木 晃

2021/08/16

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釈宗演はどうのように悟りを得たのか

Soyen Shaku
釈宗演/Public domain, via Wikimedia Commons

釈宗演にとって、最も深く、決定的だった体験は、スリランカからの帰国の途次、便船がタイ国の首都バンコクを貫流するメナム河(現在の名称・チャオプラヤー川)の船上において、得られたという。

以下に、宗演自身が『楞迦窟洪嶽演禅師示衆』(りょうがくつこうがくえんぜんじじしゅ)と題して、書き残している文章から要所をご紹介する(原文は漢文体で、難解なため、私の現代語訳を付す)。

【原文】
夜愈々深くして、人既に定まり、満船閴として、只舷灯の僅かに河底を射るあるのみ。此時蚊軍更に一層の魔力を振い……。今此の一臠の頑肉を以て、此の蚊軍の犠牲となし、飽くまで彼等の口腹を満たしむることを得ば、衲が意亦た足りなん。

是の如く観じ来って、中夜陰に甲板上に於いて、総に衣帯を脱し裸体赤條々にして、兀然として危坐して海印三昧に入る。始は蚊軍の喊声、耳辺に喧しきを覚え、中ごろ蚊軍と自己と相和して、溽熱飢渇亦た身に 在ることを省せず。終に五更に至って、寤寐髣髴、胸中豁然として羽化して、太虚空界に翺翔するが如く、爽絶快絶、殆んど名状す可からず。那時一刹那、迅雷霹靂、電光一閃、驟雨沛然として至り、滂沱たる点滴頭より背に瀉いて、恰も瀑布をなす。時に徐ろに眼を開いて身辺を顧視すれば、時ならざるに真紅の茱萸茱萸粒々相重りて面前に落在す。知る、是れ夜来蚊軍の血に飽きて、自ら死地に陥りたるものなるを。

【現代語訳】
夜がふけてゆき、乗船している人たちも寝静まり、船中ひっそりと静まりかえり、舷側にともされた灯りが川底を照らしていた。このとき、蚊の大群が襲ってきて……。私は自分の身体を蚊に喰われるにまかせ、蚊が私の血を吸って満腹するのであれば、それもまた良いと思った。

そう思って、午前零時ころ、甲板の上で、着ていたものをすべて脱ぎ捨て、素っ裸になって深い瞑想に入った。はじめのうちは、蚊の唸る音が耳もとにうるさかったが、そのうちに蚊と私が溶け合ってしまい、熱いとか腹が空いたとか喉が渇いたとかいう感覚がなくなってしまった。そして夜明け前にいたり、寝ているのか覚めているのか分からなくなり、身体が羽のようになって、虚空に飛翔するかのようで、その快さは言葉にならなかった。

そのときのことである。雷鳴が轟きわたり、稲妻が走った。猛烈な雨が降りそそぎ、頭から背中から、まるで瀧の水を浴びているかのようだった。しばらくして目を開けて、周囲を見わたすと、季節はずれの真っ赤なグミの実が私の前にたくさん落ちていた。よく見ると、それは私を襲った蚊の群で、血を吸いすぎたせいか、死んでしまったようだった。

どうやら、禅の悟り体験はこういうかたちで成就することもあるらしい。

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この記事を書いた人

宗教学者

1953年、神奈川県生まれ。筑波大学大学院博士課程修了。専門は宗教学(日本・チベット密教)。特に修行における心身変容や図像表現を研究。主著に『お坊さんのための「仏教入門」』『あなたの知らない「仏教」入門』『現代日本語訳 法華経』『現代日本語訳 日蓮の立正安国論』『再興! 日本仏教』『カラーリング・マンダラ』『現代日本語訳空海の秘蔵宝鑰』(いずれも春秋社)、『密教』(講談社)、『マンダラとは何か』(NHK出版)など多数。

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