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アパートを包み込んだ死臭 20代半ばの青年はなぜ事故物件から去らなかったか(2/3ページ)

朝倉 継道朝倉 継道

2021/06/25

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すぐに半数が退去

ちなみに、この物件には管理会社が介在していた。しかし、入居者に対しては、事故後何も報告はなかった。それが当時のスタンダードであっただろう。

が、私は状況をよく知っていた。なぜなら、現場発見者の一人であり、通報者の一人でもあったからだ。

そのうえで、アパートからは、即座に半数の入居者が逃げ出した。彼らは、先般1~2週間のあいだ建物を包み込み、その後もしばらく残存していた強烈な臭気の理由を近隣の住民から知らされたらしい。

さらに、少しして、残りの入居者も相次いで物件を立ち去った。ただし、彼らの場合、いくつかの状況からみて、同じ屋根の下で起きたことを最後まで知らずにいての、通常の退去だった可能性もある。

結果、私は、事故のことを知る住人としては、ひとりだけそこに残った。

当初は気持ち悪さに怯えながらも、その後、結局5年以上そのアパートに暮らしたのには、理由が2つあった。

弱気を笑われる

ひとつは、事故物件に住むという悩みを一笑に付されたことだった。

当時、東京都内に本社を置く某会社に勤めていたが、所属していたのは若干ややこしい部署で、同僚には、年上の警察官OBが3人もいた。

そのうち、主な業務をともにしていた2人に、「これこれのことが家で起きた。引っ越ししようか悩んでいる」と、話したところ、

「人の死なんていちいち怖がっていて賃貸に暮らせるか」

と、大いに笑われたものだ。すなわち、その頃といえば、事故物件サイトもなければ、入居希望者に対して過去の事実を真面目に告知する不動産会社も、いまより格段に少なかった時代だ。

ある意味で、事故物件との出会いはロシアンルーレットのようなものといってよく、なおかつ、運悪くタマが当たったとしても、本人はまるで知らぬが仏であることも多かった。しかも、彼ら警察OB両人ともに、過去の仕事柄、人の死体に関わることには慣れ切っている。

「毎晩、事故のあった部屋の前を通って帰宅するのが怖い」と、心細げに訴えたが「死んだ人間が、肩をいからせながらお前の部屋に新聞の勧誘をしに来るのか?」――生きている人間の方が100倍怖い、と、彼らはかさねて笑い飛ばしてくれたものだ(ガラの悪い新聞の勧誘は、当時の日常風景だった)。実際、私の気持ちは、これで一気に軽くなった。

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この記事を書いた人

コミュニティみらい研究所 代表

小樽商業高校卒。国土交通省(旧運輸省)を経て、株式会社リクルート住宅情報事業部(現SUUMO)へ。在社中より執筆活動を開始。独立後、リクルート住宅総合研究所客員研究員など。2017年まで自ら宅建業も経営。戦前築のアパートの住み込み管理人の息子として育った。「賃貸住宅に暮らす人の幸せを増やすことは、国全体の幸福につながる」と信じている。令和改元を期に、憧れの街だった埼玉県川越市に転居。

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