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「犬神家の一族」の相続相談(4) ――「信託」を使えば犬神家で起こる事件を防げるか(3/3ページ)

谷口 亨谷口 亨

2021/04/13

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現代の民法では「遺留分」が発生

しかし、遺言状の「全財産を珠世に譲る」のままですと、やはり心中穏やかでないのが佐兵衛翁の三人娘、松子さん、竹子さん、梅子さんであり、もめごとの回避にはなりません。

ところが、現代の民法に沿って信託契約にした場合、救いの手が浮上します。それが、「遺留分」です。

遺留分とは、被相続人の兄弟姉妹以外の近しい相続人に対して与えられている財産を相続する権利のこと。兄弟姉妹以外の近しい相続人とは、配偶者、子どもや孫、親や祖父母です。

ちなみに、当時も遺留分制度はあったようですが、現代のように相続人が最低限の相続を保証されるというようなものではなく、家督相続人の権利として遺留分が考えられていたようです。例えば、戸主が自由に財産処分をすると財産が散失してしまいます。すると、家督相続人は、家を継ぐという義務ばかりが課せられることにもなります。これを防ぐ目的での遺留分制度だったようです。

いずれにしろ、佐兵衛翁の遺言状では松竹梅の三人娘については一切触れられていませんでしたが、現代の民法ではこの三人は無視できません。たとえ信託にしても、三人娘と青沼静馬くんが生きていればそれぞれに遺留分があり、全財産の8分の1ずつ相続させなければならないというわけです。

この遺留分を考慮した信託契約では、遺言状の始まりにあった「全財産を珠世に譲る」は、「全財産の管理処分を珠世に託す。ただし、遺留分の行使があったときは、この分を除くこととする」などといった文言になります。

そのうえで遺言状にあった諸条件が並びます。

とはいえ、これで犬神家の一族に事件が起きないとは言い切れません。

珠世さんが佐清、佐武、佐智のいずれかと結婚すれば全体の2分の1の財産は珠世さんに譲られるかたちになるでしょうし、そうなると三人娘の取り分は圧倒的に少なくなります。そう考えると、やはり欲深い三人娘は納得しないかもしれません。

加えて、珠世さんと結婚できない2人は一銭も相続できないわけで、三人娘と同じように納得はできないでしょう。つまり、珠世さんを受託者としても、事件が起きる確率をそれほど低くできないという結論にいたります。

それに佐兵衛翁の遺言状では、

〈珠世が相続権を失うか、珠世が死亡していた場合には、犬神家の全事業は佐清が相続する。佐武と佐智は父のポストについて佐清の事業経営を補佐する。そして、犬神家の全財産は、犬神奉公会によって公平に5等分され、5分の1ずつを佐清、佐武、佐智に、残りの5分の2を静馬に与える。〉

とあり、これをそのまま信託契約のなかに入れれば、珠世さんがいなくなれば、孫の3人は財産を5分の1ずつの財産を相続できます。つまり、全財産の10分の1をもらったうえで、犬神コンツェルンのそれなりのポジションに就けるわけです。こうなっては珠世さんの命が狙われる、松竹梅の三人娘とその息子たちによって、事件が引き起こされる状況に変わりはありません。

そればかりか遺留分として三人娘にすんなり財産を分け与えるのは、佐兵衛翁の思いにも反することになります。小説を読む限り、佐兵衛翁は三人娘にびた一文財産を渡したくないように受け取れるからです。

さらに珠世さんを受託者とした場合は、事前に珠世さんに財産相続について説明しなければなりません。そのときに珠世さんが誰とも結婚しないとも言いかねません。

また、誰かを選んだとしても、珠世さんとその人に莫大な遺産を相続することになり、それをきっかけに事件に発展することは否定できません。

このように珠世さんを受託者にした信託では、事件を防ぎ、佐兵衛翁の思いは実現しない──。では、佐兵衛翁の思いを叶えてあげられる信託とはどのようなかたちになるのでしょうか。

次回以降、受託者を別の人物にしてみたり、信託の内容を少し調整してみたりして、佐兵衛翁の思いに沿った、なおかつもめごとを起こさない相続の方法をさらに考えていきたいと思います。

「犬神家の一族」の相続相談(1)――臨終の席で明らかにされた遺言状の衝撃
「犬神家の一族」の相続相談(2)――複雑な家族関係に込められた犬神佐兵衛の思い
「犬神家の一族」の相続相談(3)―― 一族を震撼させた犬神佐兵衛の遺言状
「犬神家の一族」の相続相談(4) ――「信託」を使えば犬神家で起こる事件を防げるか


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この記事を書いた人

弁護士

一橋大学法学部卒。1985年に弁護士資格取得。現在は新麹町法律事務所のパートナー弁護士として、家族問題、認知症、相続問題など幅広い分野を担当。2015年12月からNPO終活支援センター千葉の理事として活動を始めるとともに「家族信託」についての案件を多数手がけている。

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