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「犬神家の一族」の相続相談(4) ――「信託」を使えば犬神家で起こる事件を防げるか(2/3ページ)

谷口 亨谷口 亨

2021/04/13

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佐兵衛翁が全財産を相続させたい珠世を受託者に

さっそく、佐兵衛翁の遺言状を信託契約に落とし込んでいきましょう。

ちなみに、小説の設定である昭和20年当時も信託というかたちは存在していたと思われますが、今回は現代の民法に沿ったかたちで信託契約を作成いくこととします。

信託契約を考える際、「委託者」「受託者」「受益者」という3つの関係を理解しておく必要があります。

委託者とは、財産を託す人のことです。犬神家では佐兵衛翁になります。

受託者とは、委託者から、財産を管理したり、その契約内容を執行したりすることを託された人のことです。

受益者とは、財産を受け取るなどの利益を受ける人のことです。受益者は、受託者、委託者になることも可能です。

そして、佐兵衛翁の遺言状を信託契約にする場合、まずは「誰を受託者にするか」という点から考えなければなりません。

小説を読むと、佐兵衛翁が最も大切に思っているのは珠世さんだと推測されます。実際、遺言状の初めには次のように書かれていました。

<犬神家の全財産、ならびに全事業の相続権を意味する、犬神家の三種の家宝、斧(よき)、琴、菊はつぎの条件のもとに野々宮珠世に譲られるものとす。>

受託者をひとまず珠世さんにしておくことで、佐兵衛翁の“財産は珠世に”という思いに沿うことができそうです。

そして、珠世さんを受託者にした場合、佐兵衛翁の遺言状を大きく書き直す必要はないようです。というのも、佐兵衛翁の遺言状の書き方は、まるで珠世さんを受託者にしたかのような、かなり信託に近いかたちになっているからです。

ただし、信託契約の場合、佐兵衛翁は生前に珠世さんと信託の契約を結ぶ必要があります。つまり、佐兵衛翁は生前に珠世さんに自分の財産の遺し方をきちんと説明しなければならないというわけです。

2人の間で話し合いの場が設けられていれば、遺言状にあった、

<ただし野々宮珠世はその配偶者を、犬神佐兵衛の三人の孫、佐清、佐武、佐智の中より選ばさるべからず。>

という条件もあらかじめ珠世さんの意思を確認できます。場合によっては、その時点で誰と結婚するかを決めることできます。しかし、この段階で「誰とも結婚したくない」という意思表示をすれば、その場で珠世さんは何も相続できなくなります。

そうなれば、新たな内容の信託契約を作成することになります。そして、その後に続く多くの複雑な条件も、もっとシンプルなものに書きかえられると思います。

とはいえ、こうなってしまうと、佐兵衛翁の思いは、この段階で叶えられないことになります。

ただ、小説に描かれた珠世さんからは、自ら相続をしなくても、ひとまず佐兵衛翁の思いを受け止め、最終的な財産の行方を見届けるために受託者になるという選択もしそうなイメージがなくもありません。

そこで嫌がる珠世さんを「ともかく、わしが死んだら決めなさい」と佐兵衛翁が説得し、珠世さんも嫌々ながら承諾したということで話を進めましょう。

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この記事を書いた人

弁護士

一橋大学法学部卒。1985年に弁護士資格取得。現在は新麹町法律事務所のパートナー弁護士として、家族問題、認知症、相続問題など幅広い分野を担当。2015年12月からNPO終活支援センター千葉の理事として活動を始めるとともに「家族信託」についての案件を多数手がけている。

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