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まちと住まいの空間 第33回 ドキュメンタリー映画に見る東京の移り変わり④――第一次世界大戦と『東京見物』の映像変化(2/3ページ)

岡本哲志岡本哲志

2021/02/19

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東京駅の次、最先端の近代風景として登場する丸の内

東京駅(1番目)の後には、短くだが、同一画面に日本郵船ビルと丸ビル、東京駅・行幸道路(現・行幸通り)と同じ画面におさまる東京海上ビルが映し出される。東京駅(大正3)年の完成は、丸の内の重心を凱旋道路(現・馬場先通り)から行幸道路に変化させる引き金となった。

三菱第二十一号館(大正3年)から三菱地所の設計に携わり、丸ビルの設計責任者であった櫻井小太郎(1870〜1953年)は、丸の内の変貌ぶりを身近に体験し、そのスピードの早さに驚く。

東京駅の完成から10年も満たずに、帝都の表玄関の都市風景が「一丁紐育(いっちょうニューヨーク)」と呼ばれ、その名が定着した。


絵葉書/一丁紐育(ニューヨーク)と呼ばれた街並み

『大正六年 東京見物』の製作年は大正6年としているから、関東大震災前の大正12年に竣工した日本郵船ビルと丸ビルはまだ着工すらしていない。東京駅が完成した年に着工し、大正7年竣工する東京海上ビルは開業前。存在もしていない建築群の光景が東京駅に続くシーンとして登場する。明らかに後で撮られ、新たに加えたものだが、東京海上ビルだけが、まずはじめに挿入された。同時に挿入されたのであれば、絵葉書のように、街並みとして映した方がアメリカ式建築の偉容をよりアピールできたはずだ。

巡回用の教育映画であれば、年月をかけて日本全国で上映される。東京駅を撮影した数年後に、東京駅を取り巻く光景が全く違う都市の環境に変化した。

現在の東京は超高層ビル群によって都市風景を瞬く間に変貌させる時代である。都庁も、六本木ヒルズも、東京ミッドタウン六本木も、ましてやスカイツリーや虎ノ門ヒルズもない超高層化する現代東京を語るにはいささか拍子抜けする。一世紀前の東京を描く時も、そのような感覚が強く働いたのだろう。それほど、東京駅完成後の東京海上ビル、日本郵船ビル、丸ビルの出現は、強い驚きをもってむかえられたといえる。

お濠端と馬場先通りに建ち並ぶ世界の建築様式

「宮城及楠公銅像」(2番目)の後は、フリップが無い。皇居外苑側からお濠端沿いの丸の内に西欧風建築の建ち並ぶ近代都市風景が映される。

画像は北から南に移動し、北からジョサイア・コンドル設計の三菱第二号館(明治28年竣工、イギリスの様式)、凱旋道路(現・馬場先通り)を挟み、妻木頼黄設計の東京商業会議所(明治32年竣工、ドイツの様式、現・東京商工会議所)、田辺淳吉設計の東京會舘(大正11年竣工、フランスの様式)、横河民輔設計の帝国劇場(明治44年竣工、イタリアの様式)と続く。とても日本とは思えない。

しかも、世界でも類例のないさまざまな様式建築群のパノラマ映像が展開する。東京會舘は大正11年の竣工であり、この画像は大正6年の撮影ではない。


絵葉書/お濠端側から見た東京會舘

第一次世界大戦の好景気を反映し、『大正六年 東京見物』は東京會舘を加えた豪華な街並みを新たに組み入れた。凱旋道路沿いに建つ三菱第二号館と東京商業会議所は脇役に過ぎず、あくまでも東京會舘がメインであると印象づける。

明治の終わりころ、凱旋道路沿いの両側が西欧風街並みとして完成したばかり。大正中ごろまでの絵葉書は道沿いの街並みを頻繁に取り上げていた。だが、『大正六年 東京見物』ではその街並みを映すことなく、東京府廳舎(東京市役所併設)と鉄道高架の陸橋に画面が飛ぶ。東京の巨大都市化を支える行政施設をシンボリックに見せたかったのだろう。

大正9年時点、東京市(旧15区)は人口200万人(2,173,201人)、旧35区(現・23区)まで範囲を広げると300万人(3,358,186人)を突破していた。江戸のエリアを越えて、巨大都市化する東京の行政拠点である建物をアピールする。


絵葉書/東京府廳舎(東京市役所併設)

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この記事を書いた人

岡本哲志都市建築研究所 主宰

岡本哲志都市建築研究所 主宰。都市形成史家。1952年東京都生まれ。博士(工学)。2011年都市住宅学会賞著作賞受賞。法政大学教授、九段観光ビジネス専門学校校長を経て現職。日本各地の土地と水辺空間の調査研究を長年行ってきた。なかでも銀座、丸の内、日本橋など東京の都市形成史の調査研究を行っている。また、NHK『ブラタモリ』に出演、案内人を8回務めた。近著に『銀座を歩く 四百年の歴史体験』(講談社文庫/2017年)、『川と掘割“20の跡”を辿る江戸東京歴史散歩』(PHP新書/2017年)、『江戸→TOKYOなりたちの教科書1、2、3、4』(淡交社/2017年・2018年・2019年)、『地形から読みとく都市デザイン』(学芸出版社/2019年)がある。

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