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まちと住まいの空間 第31回 ドキュメンタリー映画に見る東京の移り変わり②――『大正六年 東京見物』無声映画だからこその面白さ(3/3ページ)

岡本哲志岡本哲志

2020/12/16

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明治から大正への転換点としての「東宮御所」

2番目の次にくる絵柄の入ったフリップは、9番目まで飛ぶ(3番から8番は文字だけのフリップ)。タイトルが「東宮御所」。サブの説明文は「佛(仏、フランス)國(国)王ルイ十四世の宮殿及各國の宮殿を参酌(参考)して御造営なりしもの洋風三層の御建築なり」と書いてある。次いで10番目が「青山御所」。サブの解説文が書かれていないが、文字の周囲を絵模様で飾る。

明治後期は、嘉仁親王(後の大正天皇)の東宮御所が旧紀州家抱屋敷跡(現・赤坂離宮)にあった。明治42(1909)年に片山東熊設計による壮麗な建築が広大な土地に完成する。


絵葉書/東宮御所(現在の赤坂離宮)

ただ、居住としての使い勝手が悪く、生活の場としてはほとんど使われなかった。青山御所は、裕仁親王(後の昭和天皇)が大正13(1924)年に結婚した後、東宮御所となる。『東京見物』が製作された時代は嘉仁親王が大正天皇、裕仁親王が皇太子の時代。ここでは、明治天皇の御世継ぎとなって天皇を継承した嘉仁親王、後に天皇を継承することになる孫の裕仁親王、この2人の御所が映像となった。ほとんど動きのない静止画である。映像として物足りなさがあるが、フリップの力の入れようから次ぎへの展開を充分示唆する内容だ。

あとから加えられた明治神宮とそのままの乃木大将邸

明治から大正への転換点は、明治天皇の崩御と乃木将軍の殉死である。この2つの出来事は『東京見物』において最も重視されたシーンとして、記録映画の中心に据えられた。

当時の人たちにとって、明治天皇と乃木将軍の死は、現代に生きる私たちの想像を遥かに超える衝撃的な事実だったろう。当然ながら、明治神宮も、乃木神社も、明治期の日本人のだれもが意識すらしていない新しい風景であった。大正6年の『東京見物』のフィルムには明治神宮が加わり、後に東京名所の定番的風景として不動の存在となる。

明治神宮は現在の東京都初詣ランキングのナンバーワンであり続ける。乃木将軍の名を冠した「乃木坂」は、乃木将軍の存在をあまり意識されていないにもかかわらず、若者文化のトレンドの一翼を担う。乃木神社は不思議なほど、パワースポットとしての輝きを今も失っていない。

ただし、乃木神社は『東京見物』に出てこない。神社の完成は関東大震災直後であった。そのために11番目のフリップは「乃木将軍邸」が登場する。


絵葉書/主を失った旧乃木邸(現在の乃木坂沿い)

サブの解説文には「赤坂新坂町にあり 素朴頑丈なる建物にて将軍の佛(仏)をそのままに表現せり」と。乃木将軍の生きざまを建物に投影した。その後、乃木神社は映像として追加されることなく、邸宅のみで完結する。

12番目の「明治神宮」では、サブの解説文に「建築は凡て流れ造りとし荘重を極む 本殿の大きさは正に日本一と稱(称)せられる」と記された。


絵葉書/明治神宮の本殿

明治神宮は、大正4(1915)年に地鎮祭が行なわれ、大正9(1920)年に創建。どのタイミングで明治神宮の撮影が行なわれたかは不明だ。だがフリップだけから判断すると、企画の段階で本殿の設計図ができており、『東京見物』には欠かせない映像として位置づけられたと考えられる。フリップではいかにも完成したかのような解説となる。

映像に出てくる神宮橋は大正9年に架けられた鉄筋コンクリート造石張。大鳥居も大正9年の造営である。大正6年ころにはなかった。明治神宮の映像は、丸ビルなど丸の内に建てられた近代建築と同様に、後で新たに挿入されたものであろう。ただ、大正6年の原型の映像がどのような風景だったのかと、いろいろ想像したくなる。ダミーとして入れられた、進みつつある建設時の映像を思い巡らすと興味が増す。

ちなみに、13番目の「芝増上寺」は、江戸時代天皇家を迎える江戸の表玄関として、接待の場であった。明治に入り、徳川将軍家は天皇家に江戸城を明け渡したが、江戸の都市構造をベースに東京が成立し続けていた。その点からも、芝増上寺近代以降の東京を代表する寺院である。

【シリーズ】ドキュメンタリー映画に見る東京の移り変わり
①地方にとっての東京新名所
【シリーズ】「ブラタモリ的」東京街歩き

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この記事を書いた人

岡本哲志都市建築研究所 主宰

岡本哲志都市建築研究所 主宰。都市形成史家。1952年東京都生まれ。博士(工学)。2011年都市住宅学会賞著作賞受賞。法政大学教授、九段観光ビジネス専門学校校長を経て現職。日本各地の土地と水辺空間の調査研究を長年行ってきた。なかでも銀座、丸の内、日本橋など東京の都市形成史の調査研究を行っている。また、NHK『ブラタモリ』に出演、案内人を8回務めた。近著に『銀座を歩く 四百年の歴史体験』(講談社文庫/2017年)、『川と掘割“20の跡”を辿る江戸東京歴史散歩』(PHP新書/2017年)、『江戸→TOKYOなりたちの教科書1、2、3、4』(淡交社/2017年・2018年・2019年)、『地形から読みとく都市デザイン』(学芸出版社/2019年)がある。

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