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まちと住まいの空間 第31回 ドキュメンタリー映画に見る東京の移り変わり②――『大正六年 東京見物』無声映画だからこその面白さ(2/3ページ)

岡本哲志岡本哲志

2020/12/16

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なぜはじめに東京駅の紹介からスタートしているのか

『東京見物』で最初(1番目)に登場するフリップは「東亰驛(東京駅)」。サブの解説文は「帝都の門戸騒然として三菱原に聳(そび)ゆ」と書かれている。どうも、東京駅の映像には2つの「玄関」としての意味が込められている。一つが「宮城に住まう天皇の全国に開かれた玄関」、いま一つが「路線で全国に結びつく近代東京を象徴する玄関」である。

天皇は宮城(現・皇居)から馬車で行幸道路(現・行幸通り)を抜けて東京駅に向かい、そこから全国へと行幸した。東京駅は天皇の行幸をスタートさせる象徴的な場であった。ただし、東京駅が完成した時、明治天皇はすでに崩御されている。

それでも、東京駅は明治天皇と結びつく。

大正3(1914)年竣工だが、着工が明治後期。外装は煉瓦で化粧され、明治を想起させる巨大建築である。何度も視聴していると、明治の巨星(明治天皇)を建築に映し込んでいるかに思えてくる。東京駅のシーンは、これから明治天皇へと展開する映画の流れをプロローグで暗示する。

では、東京駅が完成した年、丸の内の風景はどうだったのか。興味深い絵葉書がある。何もない野原に東京駅がこつ然と建ち、映像に映り込まれていない背後は更地だった。


絵葉書/内濠越しに見た東京駅

まさに、解説文と重なる。後に東京海上ビル、日本郵船ビル、丸ビルが加わるが、『東京見物』では東京駅の誕生をシンボリックにフォーカスする。それこそが重要で、視聴者を東京駅の限られた光景に集中させる狙いがあった。

天皇をイメージさせる宮城と銅像

東京駅の後、次(2番目)のフリップは「宮城及楠公銅像」となる。タイトルは「宮城」の文字が大きく強調された。サブの解説文として「君が代は 千代に八千代に さざれ石の いわほとなりて 苔のむすまで」と国歌の前文が記載された。明治中期以降に変貌する丸の内の西側には、徳川将軍家が築き上げ、天皇が住まう宮城がある。時間を超越するかのように変化を止めている森と掘割、その広大な空地が東京都心に占める。


絵葉書/丸の内側から見た宮城(皇居)のパノラマ

天皇が住まう宮城は、東京の名所として外せない。ただ直接天皇の住まいを映せるわけではない。宮城を暗示させる定番として、名所絵葉書と同様に「二重橋」(二重橋は奥の橋で、一般に二重橋といっている手前の橋は「石橋」)を映す。


絵葉書/二重橋(石橋)

江戸時代は本丸に至る「大手門」が最も重要な御門だったが、明治に入ると西の丸が天皇の行事の場となる。宮中を訪れる人は二重橋を渡る(車の場合など、多くは坂下御門から)。しかし、一般の人が気軽に二重橋の先へは行けない。そこでだれでも行ける「二重橋前」が宮城を象徴化とする風景として見立てられた。

島倉千代子(1938〜2013年)が昭和32(1957)年に歌いヒットした「東京だョおっ母さん」。この歌に「ここが 二重橋 記念の写真を とりましょね」という歌詞がある。現在でも多くの人たちが記念写真におさまる。

昭和20年8月15日正午、玉音放送(天皇の肉声を玉音)で終戦を告げる昭和天皇のお言葉があり、頭(こうべ)を垂(た)れる人々の象徴的な場所として二重橋前があった。名所絵葉書も、後々まで宮城イコール二重橋(石橋)として風景を切り取る。二重橋濠に架かる石橋はいつしか二重橋と呼ばれるようになる。

二重橋とセットに宮城をイメージさせるシーンに、楠木正成の銅像がある。


絵葉書/楠木正成の銅像(現在の皇居東御苑)

軍事の天才との誉れ高い、南北時代に生きた楠木正成(生誕不明〜1336年)の銅像は、明治30(1897)年から現在の皇居外苑に置かれ続ける。後醍醐天皇に与し、後に朝廷との確執から戦いに敗れて自害する人生。どこか西郷隆盛と重なり、天皇と結びつくかたちで日本人の心を惹きつける。

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この記事を書いた人

岡本哲志都市建築研究所 主宰

岡本哲志都市建築研究所 主宰。都市形成史家。1952年東京都生まれ。博士(工学)。2011年都市住宅学会賞著作賞受賞。法政大学教授、九段観光ビジネス専門学校校長を経て現職。日本各地の土地と水辺空間の調査研究を長年行ってきた。なかでも銀座、丸の内、日本橋など東京の都市形成史の調査研究を行っている。また、NHK『ブラタモリ』に出演、案内人を8回務めた。近著に『銀座を歩く 四百年の歴史体験』(講談社文庫/2017年)、『川と掘割“20の跡”を辿る江戸東京歴史散歩』(PHP新書/2017年)、『江戸→TOKYOなりたちの教科書1、2、3、4』(淡交社/2017年・2018年・2019年)、『地形から読みとく都市デザイン』(学芸出版社/2019年)がある。

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