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ジェンダーレスを考える――何かにつけてカテゴライズしたがる人間たち(2/2ページ)

遠山 高史遠山 高史

2021/06/17

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バーで出会った彼女たち

かなり昔のことであるが、歌舞伎町のいわゆる“オカマバー”に行ったことがある。誰だかの送迎会だったと記憶するが、遊び好きの同僚が、行ってみようと言い出したのだ。

私は当初、かなり腰が引けていたことを白状しておく。何せ、未知の経験で、当時は今ほどセクシャルマイノリティたちが一般に受け入れられてはいなかった。ほとんど怯えに近い感情であったと思う。嫌がる私を引きずるようにして同僚が店のドアをくぐり、席をあてがった。

結局のところ、私は大いに楽しんだ。私の相手をしてくれたのは、「絶世の美女」で、スレンダーな体系は元々髭が生えていたということなど想像もできないほど女性的であったし、声もハスキーではあったが、女性のそれであった。

慣れない私に、あれこれと話題をふり、こまごまと世話をやいてくれて、私はすっかり上機嫌になったものだ。とにかく話が上手い。ほかにも何人かと話したが、皆、エンターティナーとして一流であった。今にして思うが、彼女たちの会話術は、これまでの人生経験の賜物ではなかったか。恐らく、見えない苦労を山ほど経験してきたであろうから、人の気持ちをよく読む。私を気遣いつつ、内容的には陰惨な話題を、軽やかに笑い飛ばす彼女たちのバイタリティに舌を巻いたのを覚えている。

この一件で、私の(自覚はなかったものの)、確かに抱いていた、セクシャルマイノリティたちへの偏見は氷解した。

短い時間ではあったが、彼女たちのしたたかさ、強さのようなものを垣間見て、女だ、男だ、ということ自体がまったくの形式的な物で、人間として、また、生物として、絶対条件ではないということが、よく分かったわけだ。

残念ながら、人類は未だ差別なき制度というものを持たない。これは、人間がというより、生物的な本質からのことだ。生物は、互いに競争し、自らの領域を確立せねばならないから、どうやってもほかを蹴落として自らを確保するように行動する。性差別問題に限らず、我々をとりまく世界はありとあらゆる差別に満ちている。

しかし、この世はそれだけではない。

逆境こそ、成長を促すという見方もあるし、実際に苦難を跳ね除け、自らの存在を際立ったものにしている事例は数多くある。月並みな表現ではあるが、誰しもが、心の持ちようで、世界のありようはまったく違ったものになるといえるだろう。

少し前に、『ミッドナイトスワン』という映画を観た。草なぎ剛氏主演の、セクシャルマイノリティを題材にしたものだが、最後にそのなかで印象に残ったセリフを紹介したい。

劇中で、少女を抱きしめながら、主人公が言う。

「うちらみたいなんは、ずっとひとりで生きて行かんといけんけえ。強うならんといかんで」

差別なき世界は遠くても、寂しい人間が、独りきりでないようにと願う。

どうせ死ぬときは独りだ。せめて生きている間くらいは、誰かと寄り添うほうがいい。心許せる相手が隣にいるのならば、その人の性別のあり方がどうだということなど、些末な問題であるように思う。

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『ミッドナイトスワン』(文春文庫) 内田英治著 770円
参考)映画『ミッドナイトスワン』監督・脚本/内田英治 出演/草彅剛、服部樹咲ほか 配給/キノフィルムズ

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この記事を書いた人

精神科医

1946年、新潟県生まれ。千葉大学医学部卒業。精神医療の現場に立ち会う医師の経験をもと雑誌などで執筆活動を行っている。著書に『素朴に生きる人が残る』(大和書房)、『医者がすすめる不養生』(新潮社)などがある。

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