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まちと住まいの空間11回【三陸のまちと住まい編 3】

大須浜の祭に受け継がれる「家」の役割(3/3ページ)

岡本哲志岡本哲志

2019/05/30

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家々を回った神輿

かつては、海中渡御後に神輿が旧家の庭先を細かく廻り、宮守の家に至るコンパクトな神輿渡御だった。阿部源左衛門家の末裔の方の話によると、細い道から門を潜り神輿が庭に入り、屋敷内のオカミでは招待された人たちが威勢よくもむ神輿を楽しんだという。一時が過ぎると、神輿の行列に参加した役の人たちはオカミに通され、担ぎ手も神輿を休ませて庭先で酒や肴を振る舞われた。現在とは異なり、かなりの時間をかけて集落内を神輿が巡っていた。戦後に集落が拡大し、家の庭先で神輿をもむこともなくなる。トラックが導入され、広範囲を巡るようになり、学校の校庭など要所の公的な場でもまれるようになった。

集落内を巡った神輿は、宮守宅に向かい、その庭で「チョーサイ、ヨーサイ」の掛け声とともに勢いよく右へ左へと動き、神輿を高く押し上げてもむ。一時もまれた神輿は神楽舞台の前に設けられた場所に置かれる。神楽舞台に宮司、宮守とともに、役の人たちが座り、神事がはじまる。湯だて神事の後、法印神楽が奉納され夕暮れまで続く。


神に舞いを披露する日本武尊のシーン

神楽の奉納は一般的に神社の境内で行うことが多い。ただ、雄勝十五浜では基本的に宮守の家の庭先で仮設の舞台が設営され、そこで奉納されてきた。大須浜の神楽舞台はオモテザシキ前の庭先に設営され、神楽が舞われた(図3、写真3)。佐藤家宗家には多くの人たちが出入りする。昭和40年代に新しく建て替えられた母屋の間取りは、伝統的な広間型三間間取りを継承して建てられたが、宮守の家にしてはオカミが8畳と、江戸時代のオカミに比べ大変狭い。冠婚葬祭の時でも多くの人を呼ぶ時代でもなくなった時代背景があるようだ。ただ、江戸後期に建てられた建築のオカミと広さがあまり変わらなくなる。


佐藤宗家の平面と神楽舞台

祭の時は、建物内のウラザシキが神楽師たちの控室となる。出番が近づくと、神楽師たちはオモテザシキを通り庭に設営された神楽舞台へと移動する。オモテザシキの一部とオカミは来賓や神職、祭典係などが食事をする空間となる。庭は観客席として使われる。私的な空間が公的な場へと変わる。

御神体が入る神輿の前では、神楽の奉納がはじまる。神楽師が「打ち鳴らし」を演奏しはじめる。ちなみに、羽黒派の法印神楽は太鼓が2つ、笛が1つの構成で演奏される。宮司が祝詞を読み上げはじめると、もう一人の宮司が「湯立の神事」、釜に湯をたてて笹の葉で湯を払う。「湯立の神事」が終わると、法印神楽の奉納である。神楽の演目は浜によって若干異なるが、最初に行われる演舞は決まって日本書紀の国造りの話を神楽に取り入れた「初矢」が舞われる。神楽の舞台は四方に壁がなく、上部も含めて吹き抜けている。浜の風景を借景として様々なところから見ることができる舞台の仕組みは、演舞を雄大にし、豪快な演出を可能にする。演目によっては、舞台の演者と客席とで掛け合いが生まれる。芸能性を高めてきた雄勝法印神楽の真骨頂であろう。神楽の演目が進み、最後のクライマックスは日本武尊が悪鬼と戦うシーンである。戦いに勝った日本武尊は、神に舞いを披露し、剣を奉納して神楽は終わる。

夕方過ぎには法印神楽の演目がすべて終わり、舞台の脇にあった神の乗る神輿が動き出す。宮守の庭で神輿がもまれた後、神社に戻る前に再び旧集落の外れにある大須老人憩いの家(かつては小学校が置かれていた場所)に寄る。その場所で神輿をもむ。広い敷地の中でもまれる神輿は最大の見せ場でもある。最後に八幡神社に向かい、神社の参道の階段を上がる。神輿が神社へ着くと最後に数回もまれる。日が暮れて、あたりが暗くなるころ、社殿の前に神輿が置かれ、ご神体が再び本殿内に戻され祭が終了する。

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この記事を書いた人

岡本哲志都市建築研究所 主宰

岡本哲志都市建築研究所 主宰。都市形成史家。1952年東京都生まれ。博士(工学)。2011年都市住宅学会賞著作賞受賞。法政大学教授、九段観光ビジネス専門学校校長を経て現職。日本各地の土地と水辺空間の調査研究を長年行ってきた。なかでも銀座、丸の内、日本橋など東京の都市形成史の調査研究を行っている。また、NHK『ブラタモリ』に出演、案内人を8回務めた。近著に『銀座を歩く 四百年の歴史体験』(講談社文庫/2017年)、『川と掘割“20の跡”を辿る江戸東京歴史散歩』(PHP新書/2017年)、『江戸→TOKYOなりたちの教科書1、2、3、4』(淡交社/2017年・2018年・2019年)、『地形から読みとく都市デザイン』(学芸出版社/2019年)がある。

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