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第8回 新潟県佐渡市――船大工がつくりあげた港町・宿根木(3/3ページ)

岡本哲志岡本哲志

2019/01/18

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井戸のあり様からも見える自然の厳しさ

称光寺近くの崖下に、共同井戸が置かれている。海側からは、密集する集落群の一番奥に位置する。江戸中期以降の繁栄では、集落から溢れた建物が崖周辺に建ちはじめるが、彼らの貴重な水資源がこの共同井戸だったという(写真5)。ただ外部には共同井戸が他に見当たらない。港近くに共同井戸の痕跡がないことが、幾つもの港町を調査した経験から気になる。多くの廻船が水を求めて寄港する港町にしては少な過ぎる。ただ、公開されている建物内には立派な井戸がある(写真6)。これも、自然条件の厳しい宿根木独特のあり方だろうか。貴重な真水は屋外ではなく、個々の家が室内で管理してきたと考えるのが妥当かもしれない。


写真6 室内に設けられた個人井戸(写真撮影:石渡雄士)


写真7 通りから小道に入った開口部の多い町並み(写真撮影:石渡雄士)

塩の混じった雨や風、波を防ぐ方法として、外壁に極力開口部をつくっていない。集落全体が寄り添う、あたかも町全体が巨大な建築群のようにも見えてくる。長い年月を経て工夫されてきた表現なのだろう。港に向かう通りと、そこから引き込まれた細い小道とを比較すると、面白い。通りに面して閉鎖的な外壁が、一挙に解放的な開口部をつくりだす(写真7)。道に幾つかのヒエラルキーがあるというより、町ぐるみで全体をつくりだしていることがまるで町を船に見立てているかのようだ。

宿根木は、広い世界と結びついてきた歴史がある。車社会である現在は、どうしても船は2次的、3次的交通手段に追いやられてしまった。ただ、今一度船で宿根木を訪れる試みがなされるべきだと実感する。船影のない港は、港町としての空間の本質を宿根木から感じ取れる場にはなっていないからだ。日本の都市空間において、宿根木が計り知れない意味と価値を持つだけに、海から訪れたいと願う気持ちがより強くなる。

 

 

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この記事を書いた人

岡本哲志都市建築研究所 主宰

岡本哲志都市建築研究所 主宰。都市形成史家。1952年東京都生まれ。博士(工学)。2011年都市住宅学会賞著作賞受賞。法政大学教授、九段観光ビジネス専門学校校長を経て現職。日本各地の土地と水辺空間の調査研究を長年行ってきた。なかでも銀座、丸の内、日本橋など東京の都市形成史の調査研究を行っている。また、NHK『ブラタモリ』に出演、案内人を8回務めた。近著に『銀座を歩く 四百年の歴史体験』(講談社文庫/2017年)、『川と掘割“20の跡”を辿る江戸東京歴史散歩』(PHP新書/2017年)、『江戸→TOKYOなりたちの教科書1、2、3、4』(淡交社/2017年・2018年・2019年)、『地形から読みとく都市デザイン』(学芸出版社/2019年)がある。

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