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小説に学ぶ相続争い『女系家族』⑤――遺言執行人は果たして必要な存在なのか?(1/2ページ)

谷口 亨谷口 亨

2021/11/12

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 『白い巨塔』や『沈まぬ太陽』など、鋭い社会派小説を数多く世に残した山﨑豊子。『女系家族』は、四代続いた大阪・船場の老舗の問屋「矢島商店」で巻き起こる遺産相続のトラブルを題材とした小説です。初版が刊行されたのは、いまから50年以上も前で、これまでに若尾文子主演の映画や米倉涼子主演のテレビドラマなども制作されました。

また、12月4日、5日(いずれも21:00〜)にはテレビ朝日系列にて宮沢りえ、寺島しのぶのW主演で放送されます。


12月4日、5日に2夜連続で放送されるテレビ朝日系特別ドラマ『女系家族』。宮沢りえ、寺島しのぶ他、水川あさみ、山本美月、渡辺えり、伊藤英明、余貴美子、奥田瑛二が出演。いったいどのような演出がなされるのか、その人間模様と関係性から相続の原因を探るのも面白いかもしれない/©︎テレビ朝日

小説で描かれる相続争いは、女系家族に婿養子に入った「四代目・矢島嘉蔵(よしぞう)」の長女・藤代、次女・千寿、三女・雛子の3人娘に遺した遺言状に端を発した3人娘の相続をめぐる確執。その彼女たちを取り巻く何やら下心を持つやっかいな人たち、嘉蔵のお妾さんも登場し、いかに他者に比べ自らが多くの財産を手にするか、欲望剥き出しの人間模様が展開されます。

この女系家族・矢島家で起こった相続争いの原因を検証しながら、トラブルが起きない相続の方法を探ります。

◆◆◆

矢島嘉蔵の遺産の整理を託された宇市の存在感

『女系家族』の主人公といえば、矢島家の長女である藤代さん、あるいは嘉蔵さんのお妾さんである文乃さんといったところでしょう。

しかし、「この人がいなければこの小説は成立しない」という人物が、大番頭の宇市さんです。

なにしろ宇市さんは、亡くなった嘉蔵さんから遺産の保管や管理を任されており、遺言執行人として相続を進めていくにあたって登場せざるを得ない人物なのです。

嘉蔵さんの遺言状にも、

六、遺言状の保管並びに執行は、大番頭の大野宇市を指名いたします故、遺言の執行は宇市と相談の上、ことを運ばれたし

と遺されています。

というのも、大番頭の宇市さんは、次のように誰よりも矢島家の財産のことを把握しているのです。

<矢島家は、先々代から勤めている大番頭の宇市が、矢島家の財産管理を受け持っているのだった。三代も女の跡継ぎばかりが続き、若い番頭の中から選んだ養子婿が商いを継ぐことになれば、いきおい長年商いを勤めている大番頭が、新しく矢島家の店主になった婿養子より商いに通じ、特に表向きに隠されている代々の財産勘定にも通じているのが当然であった>

そのため、宇市さんがいなければ、3人娘も矢島家にどれほどの財産があるのか、莫大な遺産をどう相続していいのか分からなかったはずです。

遺言執行人は不要 しかし、遺産相続の整理に必要な存在

しかし、そんな重要な役割を任されていることを逆手にとって、宇市さんは遺産の一部をうまくごまかして自分の懐に入れてしまおうとします。

そんな人物に「遺言執行人」という大役を任せてしまった嘉蔵さんの相続は失敗なのではないか──。そんなふうに思う読者の方もいるとは思いますが、私の見解は、「案外そうでもない」という感じです。

そもそも、現代では遺言執行人(遺言執行者)はそれほど重要な役割を担っているとはいえません。むしろ、相続をするうえで、遺言執行人は必要ないといえるでしょう。

遺言執行人は、単純に遺言の内容を調査して、目録を作り、被相続人の遺言通りに相続を執行するだけです。現代であれば、弁護士などの専門家に依頼することがほとんどです。

宇市さんも、単純に嘉蔵さんの遺産を整理して、相続するべき人が相続できるようにサポートするだけが仕事といえます。

ただ、この『女系家族』は昭和30年代のお話ですから、代々、遺言執行人を大番頭に任せるようなしきたりが矢島家には残っていたのかもかもしれません。

また、長く矢島家のために働いてくれている宇市さんが、多少の財産をかすめとることも、嘉蔵さんはある程度織り込み済みだったのかもしれません。

もし、私が弁護士としてこの矢島家の相続のお手伝いをすることになったとしても、やはり宇市さんと仲良くなって、コミュニケーションを図って、相続を共同で進めていくと思います。

なぜなら、財産の詳細は宇市さんが誰よりもご存じでしょうし、宇市さんに聞かなければ分からないことが山ほどあるからです。そのため、宇市さんが財産をごまかしていたとしても、宇市さんを無視して相続を進めることの方がはるかに難しいと想像されるのです。

現代でも、弁護士のところに相続の相談に来ておきながら、“うそ”をたくさん交える人は少なくありません。それでも、弁護士としては、その人の話を聞いて、その人の意向に沿うような相続のシナリオを考えてあげます。矛盾点が出てくれば、「あれ? ちょっとおかしいですね」などと言ってみたり言わなかったりしながら、徐々に整理していくという流れになります。

とにかく、その人がいいか悪いかは置いておいて、依頼者の話を聞かなければ話を進められない、ということなのです。

そのため、矢島家の財産を把握するために、やはり宇市さんの力は大いに借りる必要があるのです。

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この記事を書いた人

弁護士

一橋大学法学部卒。1985年に弁護士資格取得。現在は新麹町法律事務所のパートナー弁護士として、家族問題、認知症、相続問題など幅広い分野を担当。2015年12月からNPO終活支援センター千葉の理事として活動を始めるとともに「家族信託」についての案件を多数手がけている。

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