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〜この国の明日に想いを馳せる不動産屋のエセー〜

「あなたの知らない物件査定の世界」〜媒介契約を取れなかった恨み節〜

南村 忠敬南村 忠敬

2021/07/16

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奥深い物件査定 イメージ/©︎denphumi・123RF

突然、後輩から自宅売却の依頼

6月のある日、未登録の番号通知で携帯電話が鳴った。


未登録の番号通知で電話が イメージ/©︎Cherdchai Charasri・123RF

「もしもし~、あ、突然すみません! 私は学生時代にお世話になった後輩の○○といいます。ちょっと家のことで相談があって電話しました!」

お! 仕事の依頼だ。こういう電話は嬉しいもので、長く不動産屋をやっている特典、恩恵である。人づてに手繰り寄せられて私のスマホに辿り着いたのだという。話というのはほかでもない、自宅を売りたいということだった。早々にご自宅訪問のアポイントを取り、翌週の日曜日に現地に出向くことになった。

JRの最寄り駅からだと徒歩5分程度。Googleのストリートビュー(便利だなぁ)で周辺を前もって確認していたので社用車で出掛け、近くのコインパーキングに駐車。周りを確認する意味もあって、ちょっとウロウロしながら該当物件に向かう。住宅密集地というほどでもないけれど、昔ながらの路地が残っている街区の一角にそれはあった。

不動産屋が真っ先に気にしなければならないのが前面道路。目視で約3mちょっとというところか。事前に法務局で公図(旧土地台帳付属地図の俗称で、現在では不動産登記法14条の規定に基づいて備え付けられた一定の精度を有する地図と、それに準ずる図面に分類されている)と市役所で区画整理による換地確定図を取得していたので、この道路が建築基準法42条2項道路(建築基準法施行時、現に建築物が建ち並んでいる幅員4m未満の道で、特定行政庁の指定したもの)、いわゆる「みなし道路」だということは分かっていたので、この道に面して新たに建物を建築しようとする際、原則道路中央線より2mの外壁後退(通称セットバック)を強いられる制限付きの道路だ。

後輩の自宅建物は、そう古くはないので既にセットバック済みであり、3階建てではあるものの、準工業地域で斜線もクリアしているようで、違法建築ではなさそうだ。

リビングに違和感

インターフォンに応えて出迎えてくれた後輩と、奥方、お嬢さんにご挨拶。通されたリビングに直ぐ違和感を覚えたので、「リビングのこの部分は増築ですか?」と質問すると、「はい、購入した時は駐車スペースだったんですけど、道が狭くて電信柱もあって、車を入れにくいので部屋にしてもらったんです」と後輩。

どうりで一体感のないLDKだと思った予想は的中。順次部屋を見て回る。お世辞にも片付いているとは言い難く、奥方さんの表情からもこの家に対する愛着の薄さが伝わってくる。大体片づけ上手下手とか、綺麗好きとかにはあまり関係なく、家に愛着が有るか無いかで日常生活が読み取れる。

こういう場合、この家の短所を尋ねると正直に答えていただけるのだ。つまり、逆(愛着あり)の場合は長所を尋ね、長所にがってこない箇所を注意して確認することにしている。台風のときに建物が揺れる、雨漏り箇所が2カ所、二階の廊下、部屋を歩く音が下に響く……etc.家人からお話を伺ううちに、ご家族の「早く引っ越ししたい」という本音が伝わってくる。

外に出て外観をチェック。築25年ほどで相応の経年劣化あり。越境物はなし。「フムフム……って、なんだか鳩が多くね? ぐるりご近所を見渡して驚愕! 野鳩に餌をやり、フン害をまき散らす迷惑おじさんが数軒先に。あー、これも売却希望の原因の一つだな」と納得。


「ポッポ~」 イメージ/©︎peia・123RF 

売り出し価格のマジック

弊社の価格査定は既存のマニュアルを使わず、不動産鑑定評価手法を取り入れた方法で、中古住宅の場合ならリフォーム費用や修繕に要する工事費の概算(復帰費用)を建物再調達価格(今、当該建物を新築した場合の建築費)から控除して、土地、建物の現存価値を算出し、購入希望者が理解しやすい売り出し価格を決定している。そこには不動産を取り巻く外的要因や法律規制、土地の有効利用価値なども加味するための変数を用い、土地相場と建物の物理的価格の足し算や近隣同種の売買事例比較に頼らない査定をモットーとしている。

その大きな理由は、そもそも住宅などの実需不動産の需要と供給のバランスは不動産投資におけるそれとは様相が異なる。つまり、市場性で動く投資と個人の事情でかなりの幅が生じる実需との違いだ。従って、取引事例価格だけでは判断がつかない“個別の要素”が潜んでいるかもしれず、過去6カ月程度にこの価格で成約しているのだからこれぐらいで売れるだろう、という流れに身を任せる査定は売主買主双方にとってベターではないからだ。

また、中古住宅などの価格決定の優位性は間違いなく売主側に在る。これが売り出し価格のマジックである。不動産は唯一無二で、ほかの産業製品のように量産品ではない。だから事例比較は原則的に馴染まないのだが、一目で無謀な値付けと言われない取引事例価格帯に収まっておれば、そこから買主が判断せざるを得なくなる。これは買主にとって不利益であり、その根付に明確な説明根拠がほしいと、私ならそう思う。なので弊社の査定は自ずと個別要因に拘る査定となってしまい、物件によっては売主には厳しい数字を提示することも多い。

後輩宅を訪問から2週間後、出来上がった査定書の内容と今後の売却方法について話し合いを持ち、近隣不動産の取引事例をも開示しながら価格査定の根拠を説明した。示した価格に驚くような素振りもなく、淡々と聞き入っていた彼に、「予想よりかなり厳しいかな?」と探ってみたところ、「いいえ、もっと安いかと思っていました」との返事。内心ホッとした。分かってくれたようだ。「一応、ご家族とご相談されて、売り出し価格を決定してくれたらそこから売却活動に入るよ」と告げ、彼は事務所を出て行った。

それから暫く連絡がなく、3週間ほど経ってから電話を貰った。「あー、こっちから電話しようかと思っていたとこよ! 決心着いた?」と問うと、おもむろに「あれから家内がほかの不動産屋に聞きに行ったところ、まあ、無理だとは思うんですが、絶対売れるというので、そこに専任契約で頼もうということになりまして……」

奥の深い不動産の査定 そこには地域特性や生活者の意識も内在

今年に入って2件目の媒介負けを食らった。

「否、査定に狂いはないだろう。何度も見直して、近隣相場も確認したが、あの物件の改修工事には雨漏りと耐震補修も必要だし、車庫無しで鳩害のおまけ付きやで。うーん、うちの査定価格より1千万円近く高い査定額って、そりゃなんぼなんでもなぁ。確かにこのエリアで新築戸建ての販売事例は車庫付きで3500万円から4000万円、中古で2千数百万円は数字だけ見ればあり得るかもやけど、実際に内覧したらわかるよ。工事費込みで新築が買えるやろ(当該物件は築年約26年)。なんでそんな査定になるんかな」と呟くことしきり。

一つだけ見逃していることがあるとすれば、それは地域の特異性。ダウンタウン特有の購入者の意識の差かもしれない。割と中心部でのリノベーション案件が多い弊社の商品特性は、中古住宅とは思えないほどにリフォームを施し、且つ購入需要の高いエリアを得意としている。

今回はそことは違う、地域に根付いた気さくな雰囲気の残る旧市街地。中古住宅の購入者としては、新築並みを求めておらず、リフォーム感覚も異なるのかも知れない。人の心に絶対はない。「何故これを買う?」なんていう驚きは日常茶飯事じゃないか。上を見ればキリがない。下を見過ぎるのは情けない。その地域に特有の中間意識というものを査定要素に加えないと、物理的な価値を優先する弊社の査定は受け入れ難いものとなってしまうのかもしれない。

〜この国の明日に想いを馳せる不動産屋のエセー〜
不動産「AI価格査定」という宣伝文句の裏側にあるもの
なので私はこう言い放った…「メルカリで家は売れない」

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この記事を書いた人

第一住建株式会社 代表取締役社長/宅地建物取引士(公益財団法人不動産流通推進センター認定宅建マイスター)/公益社団法人不動産保証協会理事

大学卒業後、大手不動産会社勤務。営業として年間売上高230億円のトップセールスを記録。1991年第一住建株式会社を設立し代表取締役に就任。1997年から我が国不動産流通システムの根幹を成す指定流通機構(レインズ)のシステム構築や不動産業の高度情報化に関する事業を担当。また、所属協会の国際交流部門の担当として、全米リアルター協会(NAR)や中華民国不動産商業同業公会全国聯合会をはじめ、各国の不動産関連団体との渉外責任者を歴任。国土交通省不動産総合データベース構築検討委員会委員、神戸市空家等対策計画作成協議会委員、神戸市空家活用中古住宅市場活性化プロジェクトメンバー、神戸市すまいまちづくり公社空家空地専門相談員、宅地建物取引士法定講習認定講師、不動産保証協会法定研修会講師の他、民間企業からの不動産情報関連における講演依頼も多数手がけている。2017年兵庫県知事まちづくり功労表彰、2018年国土交通大臣表彰受賞・2020年秋の黄綬褒章受章。

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