新しい生活スタイル「リモートワーク」への違和感――その根本的な理由はどこにあるのか?(2/2ページ)
遠山 高史
2020/07/22
「新しい生活スタイル」がもたらす、煩わしさ
Sさんの気持ちはよくわかる。
私もまた、パソコンは苦手であるし、そもそも画面越しのやり取りは、信用できないとさえ思っている。偏見だけで言っているのではなく、人間が五感を使って得ている情報は意識しているものよりも多い。
現代に生きる我々は何かと視覚情報に偏りがちであるが、無意識的に嗅覚や触覚、聴覚で得ている情報はかなりの量になる。「百聞は一見に如かず」とあるように、一度の実体験は、本人が思っているよりもずっと多くの物をもたらしているのだ。
Sさんが感じている違和感は、実際の会話で得られる微妙で多彩な情報が、画面越しのやり取りでは、遮断されてしまうからだと思われる。
人間は、体調の変化、感情の変化によって、体臭を変化させるという。通常のコミュニケーションでは、意識せずともお互いに、そういった物を感じ取って対応しているのだが、モニタ越しでは、嗅覚も触覚も役にたたない。表情のわずかな変化も、画面越しでは伝わりにくかろうし、まして文章では、言わずもがなである。
医療の分野でも、すでに、遠隔診療が一部取り入れられている。今後、モニタ越しでの診察は増加するだろうと予測する。確かにメリットは大きい。わざわざ通院せずともよく、待合室で長く待たされることも減るだろう。しかし、患者の微妙な変化を知るためには、それだけでは不十分だし、危険である。医療もビジネスも、人が営む事である限り、画面越しでは決して得られない情報があり、それをないがしろにすれば大きなトラブルにつながりかねないという事を我々は念頭に置くべきである。
緊急事態宣言が解除され、業務も通常に戻りつつある中、Sさんは、久しぶりに部下と客先に出向いた。帰り道、部下との他愛ない会話が心地良かった。
マスク越しであっても、部下が何を思っているのか、どうやって売り込もうとしているのが、伝わってくる。しかし、今後は、もう少しパソコンの画面に慣れなければならないだろう。
客先から、コロナ禍を期に、リモート商談を推奨すると言われたからである。部下は、わざわざ出向く手間が減ると言って喜んだが、Sさんは、それによってもたらされる煩わしさを思い、そして、一抹の寂しさを感じ、ため息をついた。
この記事を書いた人
精神科医
1946年、新潟県生まれ。千葉大学医学部卒業。精神医療の現場に立ち会う医師の経験をもと雑誌などで執筆活動を行っている。著書に『素朴に生きる人が残る』(大和書房)、『医者がすすめる不養生』(新潮社)などがある。