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まちと住まいの空間 第22回 1世紀ターム変貌する丸の内――高層化と美観論争(2/3ページ)

岡本哲志岡本哲志

2020/04/07

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丸の内に超高層ビルが建てられる前段階

丸の内におけるビルの超高層化は、1970年代前半の東京海上ビルの出現からである。地形の高低差がほとんどない丸の内は、それまで軒高百尺(約31m)のスカイラインが街の風景全体に統一感を持たせていた。1970年代には、東京海上ビルの他、1973年の三菱ビル、1976年の日本郵船ビルなど、高さ百尺(約31m)を越えるビルも建ちはじめていた。東京海上ビルは、当初127mの超高層ビルが建てられる予定だった。だが、皇居に近いこともあり、景観論争が巻き起こる。景観論争の末に、東京海上ビルの建物高さは100m以下に押さえられた経緯があった(写真4)。

写真4、東京海上ビルディング本館

美観論争が起きる以前、昭和23(1948)年に市街地建築物法施行規則の改正があり、丸の内地区は「当分の間、美観地区既定を適用しない」という適用除外を受けた。昭和25(1950)年の建築基準法制定では、運用条例を別途に定めなければ美観地区を活用できないという縛りも加わる。戦後の丸の内地区は、美観に関して広告物のみが禁止されているだけで、運用条例がなく、身動きが取れない地区指定となっていた。

美観地区指定の適用がなされていない状況下で、100mを超える建物高さの超高層ビルがどうして美観論争に展開したのか。東京海上火災株式会社は、大正7(1918)年に竣工した丸の内の旧本館ビル(設計:曽禰中條建築事務所)を取り壊した後、高さ127mの超高層ビル(設計:前川国男)の建築申請を昭和41(1966)年に出した。これは三井霞が関ビルが建つ2年前のことだった。しかし、東京都側は当時担当した建築主事が建築申請の許可を出さなかった。その対立が世論を巻き込む美観論争となる。皇居に面する丸の内は、スカイラインの保全と高層化に向かう開発が真っ向から衝突した。

では、美観論争が起きる以前の街並みはどうだったのか。昭和30年代なかば、丸の内の建物は戦前の美観地区の指定と建築基準法の高さ制限、さらに地震に対する自己規制が強く働き、「百尺(約31m)」の高さで揃うスカイラインの景観が人々の目を楽しませてきた。そのような時代に、丸の内にある昭和12(1937)年に竣工した国鉄本社社屋(現・ニッセイ・ライフプラザ丸の内・丸の内オアゾ)を建て替え、24階建ての超高層ビルとする構想が持ち上がった。柔構造を導入することで、地震大国・日本でも31mを遥かに越える建物を実現させる可能性が生まれた。国鉄(現JR)は、その後膨大な赤字を抱えていたこともあり、本社社屋をそのまま利用することで落ち着き、実現しなかった。

このことで、超高層ビル建設が具体的に可能となったことから、日本の超高層ビル建設はにわかにリアリティを持ちはじめた。同時に超高層ビル化に向けた法的整備も整っていく。昭和38(1963)年の建築基準法改正では、容積規制の範囲内なら、建築物の高さ31mを超えてもよい法的環境となった。周辺に広い公共空地を確保すれば、斜線制限などの規制を解除する「特定街区」の制度が活用できた。また、より利用勝手のよい「総合設計制度」が後に登場する。美観論争でもめた東京海上ビルの竣工に先立ち、これらの制度を運用して、丸の内周辺では地上17階の帝国ホテル新本館(61m、設計:高橋貞太郎、1983年竣工のタワーは129m)が昭和45(1970)年に、建物高さ約100mの三和銀行が1973年に姿を現した。丸の内のスカイラインが大きく変わりはじめる。

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この記事を書いた人

岡本哲志都市建築研究所 主宰

岡本哲志都市建築研究所 主宰。都市形成史家。1952年東京都生まれ。博士(工学)。2011年都市住宅学会賞著作賞受賞。法政大学教授、九段観光ビジネス専門学校校長を経て現職。日本各地の土地と水辺空間の調査研究を長年行ってきた。なかでも銀座、丸の内、日本橋など東京の都市形成史の調査研究を行っている。また、NHK『ブラタモリ』に出演、案内人を8回務めた。近著に『銀座を歩く 四百年の歴史体験』(講談社文庫/2017年)、『川と掘割“20の跡”を辿る江戸東京歴史散歩』(PHP新書/2017年)、『江戸→TOKYOなりたちの教科書1、2、3、4』(淡交社/2017年・2018年・2019年)、『地形から読みとく都市デザイン』(学芸出版社/2019年)がある。

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