「幸せのかたち」についての一考察(3/3ページ)
遠山 高史
2020/02/29
「人間万事塞翁が馬」は起こる
友人たちは、あの時の異常なまでに無機質な空間を思い出し、当時、すでに夫から精神的DVを受けていたのだとわかると、気が付けなかった事を悔い、憤ったが、当のN子さんは、とにかく別れることができてホッとしているようだった。
その後、N子さんは、小さなアパートに引っ越した。様子をうかがいに訪れた友人の前に、N子さんの手料理が並んだ。
焼き立てのピザを切り分けながら、N子さんは、こう話した。
「結婚生活は地獄だったけど……、よかったこともあったと思ってる。料理の腕はあがったし、整理整頓と、掃除が上手くなったからね。」
冗談めかして言ったが、それを聞いた友人はうまく笑うことができなかった。N子さんの部屋は、あの時と同じように、塵一つなく、無機質だったからだ。
それからさらに数年後、N子さんには新しい彼氏ができた。よく笑う人で、何より細かいことに頓着せず、N子さんの自由にさせてくれるのがいいとN子さんは言った。
片付けが苦手で、帰宅すると靴下をほうりっぱなしにするのが困るとN子さんはぼやいたが、幸せそうだった――。
この記事を書いた人
精神科医
1946年、新潟県生まれ。千葉大学医学部卒業。精神医療の現場に立ち会う医師の経験をもと雑誌などで執筆活動を行っている。著書に『素朴に生きる人が残る』(大和書房)、『医者がすすめる不養生』(新潮社)などがある。