目標とやりがいの効能と効果(2/2ページ)
遠山 高史
2019/12/27
期待に応えるためのがんばりは大きな力を生む
その後、H君はいつもの飲みの席で、婚約が破棄されたことを仲間たちに打ち明けた。足を棒にして探した新居は契約寸前であったが、断りの連絡を入れ、2人用の家具のカタログもすべて捨てた。
元々、彼女の両親は、H君を良くは思っていなかった。大事な一人娘の夫にはしかるべき肩書をもった男性でなければならぬというのが、破棄の理由だった。最初は、故郷を捨ててH君と暮らすと言っていた彼女も、強硬な両親に押し切られ、婚約破棄の旨をH君に伝えたという。
H君が、がむしゃらに仕事に打ち込んでいたのは、彼女の両親の期待に応えるためだった。新居を探すにしても、彼女の好みに合わせようと心を砕いた。忙しい合間を縫って、どうにか認めてもらうべく、自分の仕事の説明をしに彼女の実家を訪ね、季節の挨拶もかかさなかった。
顛末を聞いた仲間たちは、むしろ彼女に対して憤ったが、すべて終わった後であった。へべれけになったH君に、仲間の一人が言った。
「結婚は、宝くじみたいなもんだ。だが、こればかりは引いてからハズレじゃ遅い。お前みたいな奴を振る女はハズレに決まってる。一緒に住む前に別れて良かったんだ」
もう一人が言った。
「部屋の契約をしなくてよかった。さっさと次の相手を見つけろよ。結婚祝いは倍だ。キャリーオーバーだからな。期待してろよ」
この一件の後、H君のネットショップは、業績を急激に伸ばし、数ある事業部の中でもトップの売り上げを誇るまでになった。そんなH君を射止めるべく女性社員たちが躍起になっているとかいないとか。
当のH君は、どうやら「大アタリ」が現れたらしく、次に部屋を探す日もそう遠くないようである。
この記事を書いた人
精神科医
1946年、新潟県生まれ。千葉大学医学部卒業。精神医療の現場に立ち会う医師の経験をもと雑誌などで執筆活動を行っている。著書に『素朴に生きる人が残る』(大和書房)、『医者がすすめる不養生』(新潮社)などがある。