「最先端」だからこそ、填まる陥穽(2/3ページ)
遠山 高史
2019/12/07
完全なものが成り立たない理由とは?
そんな「最先端」こと、K医師に、ある日、大いに困ったことが起きた。
自慢のマンションのカードキーを紛失したのだ。運悪く、奥さんは友だちと旅行中で、子どもたちは、すでに独立している。K医師は一人で四苦八苦する羽目になった。
まずはセキュリティ会社に連絡するも、一度ロックされた鍵を解除するには時間がかかるという。
さらには、人員も不足しているため、対応する人間を派遣するにも、すぐにというわけにはいかないという返答だった。管理会社も似たような返答で、どうあっても、部屋に入るためにはたっぷり5時間はかかるということになった。
夜も更けて、さてどうしようかと思ったとき、「セキュリティがしっかりしているから大丈夫」という理由で、いつも奥さんがベランダのガラリ戸のカギを開けっぱなしにしているということを思い出した。そして、そのベランダは、隣と「あまり高くない仕切り」で隔てられているということも。
結局、恥を忍んで、隣人の奥様にわけを話し、踏み台を借りてベランダから侵入を試みた結果、あっさりと自宅に入ることができたという顛末なのだが、この話を聞いて、私は多少なり「ざまを見ろ」と思ったことを懺悔しておく。
さすがにK医師もバツが悪かったようで、このときばかりは自慢話もなかった。
K医師には気の毒であったが、この一件は、IT神話が崩れた良い一例だろう。安心だと思っていた堅固なセキュリティは、家主を締め出し、そしてまた、侵入を許す結果になったのだ。まさか、これほど簡単に隣の部屋からベランダを超えて侵入できるとは!
この記事を書いた人
精神科医
1946年、新潟県生まれ。千葉大学医学部卒業。精神医療の現場に立ち会う医師の経験をもと雑誌などで執筆活動を行っている。著書に『素朴に生きる人が残る』(大和書房)、『医者がすすめる不養生』(新潮社)などがある。