ウチコミ!タイムズ

賃貸経営・不動産・住まいのWEBマガジン

真面目な入居者は損をする? 「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」の功罪(2/2ページ)

朝倉 継道朝倉 継道

2021/06/30

  • Facebook
  • Twitter
  • LINE
  • Hatebu

もっと踏み込んでもよかった?

一方で、ガイドラインは、前述したようなうらみも残している。せっかくの綿密な損耗の切り分けが、いわばチャラになってしまう「特約」を認めたことだ。

もっとも、「退去時、賃借人は室内クリーニング代を負担する」といった特約が契約に盛り込まれること自体については、契約自由の原則上、さらには消費者契約法の強行規定がこの部分には及ばないと現状解釈されることなどから、防ぎきれるものではない。しかしながら、特約個々の内容によっては、これが無効と判断される可能性も少なくない点を示すことについては、国交省は、もう一歩するどく踏み込んでおいてもよかっただろう。

もちろん、実際にガイドラインを読めば、特約の“乱用”をおさえるために、慎重なクギ刺しが何度も行われていることは、繰り返し見てとれる。

それでも、「経年変化や通常損耗に対する修繕業務等を賃借人に負担させる特約は、賃借人に法律上、社会通念上の義務とは別個の新たな義務を課す」ものであること、すなわち強引な“手口”である旨が、ガイドラインにははっきりと謳われている点、クリーニング特約が「通常損耗等についてまで賃借人に原状回復義務を認める特約を定めたものとは言えない」旨を示した判例も説明に引かれている点、これらをふまえたうえで、全体の構成としてはいわば押しが足りていない。

例えば、文中明示されている「賃借人に特別の負担を課す特約の要件」については、結果として特約を成立させるコツを賃貸人側へ伝授するかたちになっているが、そうではなくここでは逆に「特約が無効となる可能性を孕むケース」を列記しておく脅し(?)があってもよかったのではないかと、私などは考える。

(参考:上記「要件」の抜粋)
① 特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること
② 賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること
③ 賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること

原則が広まることへの期待

ともあれ、おおむね素晴らしい出来といえる当ガイドラインは、結果的には最初に挙げたような不公平な契約内容を生む土壌も耕した。

繰り返すが、クリーニング特約にあっては、通常損耗と経年劣化以外のダメージをなんら物件に与えていない優良入居者も、一緒くたに金銭的負担を求められるかたちになりやすい。なおかつ、特約において一律な負担額が定められている場合は、それ以上の金額を請求しにくい空気が生まれることも相まって、いわゆる不良入居者が優遇されるケースも生じやすい。同様に、前記したとおり、入居期間の短い入居者ほど割を食う構造ともなっている。

そのためガイドラインが、原状回復をめぐるトラブルの発生を効果的に抑える一方、筋の悪い契約を世の中に数多く生み出す原因となっていることについては、残念ながらいまはこれを事実と言わざるを得ないだろう。

ではどうすればよかったかといえば、ガイドラインにおいては、賃貸物件のメンテナンス費用の創出における本来あるべきかたちがもっと主張されていてもよかった。そのかたちとは、そもそも当該原資は普段の賃料収入に含まれるべきとする原則を指す。投下資本の減価分を回収するうえで、善良な事業者ならば、これは誰もが当然にふまえるやり方だ。(ホテルは宿泊客に一律なクリーニング代を別途請求したりなどしない)

そのうえでこの原則上、物件に長く暮らしている人は相応に費用を積み立て、負担してくれていることにもなる。平等性の面でも合理的なものといえるだろう。

  • Facebook
  • Twitter
  • LINE
  • Hatebu

この記事を書いた人

コミュニティみらい研究所 代表

小樽商業高校卒。国土交通省(旧運輸省)を経て、株式会社リクルート住宅情報事業部(現SUUMO)へ。在社中より執筆活動を開始。独立後、リクルート住宅総合研究所客員研究員など。2017年まで自ら宅建業も経営。戦前築のアパートの住み込み管理人の息子として育った。「賃貸住宅に暮らす人の幸せを増やすことは、国全体の幸福につながる」と信じている。令和改元を期に、憧れの街だった埼玉県川越市に転居。

ページのトップへ

ウチコミ!