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BOOK Review――この1冊 『言いなりにならない江戸の百姓たち』

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『言いなりにならない江戸の百姓たち』 渡辺尚志 著/文学通信 刊/本体1650円(税込)

時代劇とは違う? 百姓のイメージ

江戸時代の人口の8割は百姓だったというから、日本人の大半は百姓の子孫だ。

しかし、時代劇や時代小説に登場するのは武士や町人がほとんど。たまにフィクションの世界に登場する百姓は、大抵の場合、質素な着物を着て黙々と農作業に精を出す小作人の風体をしている。

こうしたことから多くの人は、江戸時代の百姓がどのように暮し、何を考えて生きていたかをあまり知らないのではないだろうか。なんとなく、江戸の百姓というと、武士にかしづく力を持たぬ民、というイメージがある。

そんなイメージを刷新してくれるのが本書だ。

本書は、下総国葛飾郡幸谷村(現在の千葉県松戸市幸谷)の領主・酒井家に伝わる古文書を基に、江戸時代の百姓が、村の自治をしっかりと担ってきたことを解説。描かれている姿は「領主にしっかりとものを言う」賢明な民としての百姓の姿である。

登場する古文書には、上納金の減額願いや不正をはたらく役人の除名願い、村で起きたトラブルの仲裁願いなどさまざま。これらは領主に対して、領民である百姓の主張を伝えるために書かれたもので、今風にいえば、首長への請願書のようなものだろうか。

翻刻(くずし字を活字化したもの)や読み下し文、現代語訳のほか、実際の古文書の写真も掲載されており、臨場感がある。

百姓は、自分たちの困りごとや主張を整理して伝えるため、行政文書として領主や役人が精査するに耐える文書を、自分たちの手で作成していた。江戸時代の農村では、村の主張を領主に伝える技術を備えた人材を育成すべく、寺子屋を開いて子弟に読み・書き・そろばんを教えたという。しっかりとした文書を作成するノウハウは、村を守るために欠かせない技術の一つだったのだ。

渋沢栄一も持っていた百姓の強さ

江戸時代は厳格な身分社会であり、百姓が武士である領主に逆らうことはできない。

対等な交渉などは望むべくもないが、それでも領主の言うことに漫然と従い続けるわけにはいかなかった。

とくに江戸時代の終わり頃には、各地で冷害による凶作が相次ぎ、幸谷村の百姓たちも年貢米の上納に苦心した。にもかかわらず、領主は年貢米のほかに多額の上納金まで要求。村では田畑を質入れしてまで金を用立てたが、過大な上納金の請求はエスカレートした。耐えかねた百姓たちは、上納金請求の撤回を求める嘆願書を提出。

「私どもの村々は、もともと人口が少なく困窮しておりました」

という一文から始まるその嘆願書からは、村の困窮具合や悲壮感、身分の差ゆえに当然のように搾取されることに対する怒りややるせなさがこぼれ落ちるように伝わってくる。

余談だが、明治維新の原動力の一つは、農村の青年たちが抱いていた武家社会や武士へのフラストレーションであったともいわれる。

今年の大河ドラマの主人公として注目されている渋沢栄一も、もともとは農家の生まれ。村の有力な百姓だった父の代わりに陣屋を訪ねた青年期の栄一が、領主のあまりの傲慢さに腹を立てたというエピソードは有名だ。役人から「金を貸せ、この場で承諾の返事をしろ」と申しつけられても、栄一はこれに従わず、「父に聞いてみなければ返事はできない」と、頑として退けたという。やがて日本資本主義の父となる栄一も、身分の差に屈することなく、武士の「言いなりにならない」勇気と心意気を持っていた。

さて、身分制度のない現代社会を生きる私たちは、そうと気付かぬまま誰かの言いなりになってはいないだろうか。自分や大切な人の生活や利益を守るためには、時には権力に対して言うべきことを言わねばならない。江戸の百姓たちは、確かにそれを実践していた。

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ウチコミ!タイムズ「BOOK Review――この1冊」担当編集

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