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BOOK Review――この1冊 『むらさきのスカートの女』 今村夏子著(2/2ページ)

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本書は、2019年上半期芥川賞受賞作である。今回は芥川賞直木賞候補作が発表された時点で、いつも以上に注目が集まった。というのも、直木賞候補6人が史上初めて女性のみとなったからだ。芥川賞候補は5人のうち3人が女性だったが、結局、選考過程での上位3人が女性。つまり、女性作家の活躍が注目されるなか、本書は「文句なし」で芥川賞に選ばれた作品だったのだ。

ところで、芥川賞とはどういう賞かご存知だろうか。直木賞はエンターテイメント系の単行本として出版されたものがノミネートの対象になる。だから、人気作品、人気作家が多い。
一方、芥川賞は少し状況が異なる。「雑誌に発表された、新進作家による純文学の中・短編」からノミネートされる。まだ書籍として世に出ていない、ときには同人誌から選ばれることもあるというのだ。そもそも純文学というのが、わかりづらい。エンターテイメントではないから、読者を喜ばせたり、本が売れることに主眼が置かれていない。つまり、読者への媚びがない。「これ何が言いたいんだ?」「え、これで終わり?」という作品も多いのだ。

だが、本書にはある種、心理サスペンスの要素がある。〈わたし〉が観察する「むらさきのスカートの女」の日常を追いながら、読者はどこか居心地の悪さを感じる。なぜこれほどつきまとわれているに、女は気づかないのだろう。本当に実在する人物なのだろうか。いや、黄色いカーディガンの〈わたし〉こそ、実在しないのではないだろうか。ストーリーの奥に潜む、作者の仕掛けた罠にまんまとはまっていく。
そして後半、怒濤の展開が待っている。芥川賞らしくないエンタメ要素も入りつつ、最後は不穏な余韻が残り、ああ、やっぱり芥川賞受賞作だと納得して、頁を閉じる。
この作品の面白さは、読まなければわからない。おそらく、それは行間から立ちのぼる空気感なのだ。

本書は是非、書店で手に取ってほしい。じつは、その表紙には「むらさきのスカート」は一切描かれていない。別の色のスカートが描かれている。いや、スカートじゃないのかもしれない。それなのになぜか、むらさきのスカートを見たような気になってしまう……これもまた作者の仕掛けた罠なのだろうか。


『むらさきのスカートの女』
今村夏子著
朝日新聞出版刊
1300円(本体価格)+税

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この記事を書いた人

ウチコミ!タイムズ「BOOK Review――この1冊」担当編集

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