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小説に学ぶ相続争い『女系家族』最終回――相続の準備は生きているいまから始める

谷口 亨谷口 亨

2022/01/19

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『白い巨塔』や『沈まぬ太陽』など、鋭い社会派小説を数多く世に残した山﨑豊子。『女系家族』は、四代続いた大阪・船場の老舗の問屋「矢島商店」で巻き起こる遺産相続のトラブルを題材とした小説です。初版が刊行されたのは、いまから50年以上も前で、これまでに若尾文子主演の映画や米倉涼子主演のテレビドラマなども制作されています。

小説で描かれる相続争いは、女系家族に婿養子に入った「四代目・矢島嘉蔵(よしぞう)」の長女・藤代、次女・千寿、三女・雛子の3人娘に遺した遺言状に端を発した3人娘の相続をめぐる確執。その彼女たちを取り巻くなにやら下心を持つやっかいな人たち、嘉蔵のお妾さんも登場し、いかに他者に比べ自らが多くの財産を手にするか、欲望剥き出しの人間模様が展開されます。

この女系家族・矢島家で起こった相続争いの原因を検証しながら、トラブルが起きない相続の方法を探ります。

連載最終回の今回は、これまでの内容を整理しながら、なるべくもめごとが起きない財産の遺し方を嘉蔵さんにアドバイスしたいと思います。

これまでの「小説に学ぶ相続争い『女系家族』」
①相続争いがはじまる根本的な原因はどこにあるのか
②財産を次の代に引き継ぐ、相続を考えるタイミング
③分割しにくい不動産を含めた「共同相続財産」の遺し方
④相続をひっかきまわす迷惑な人々の介入をどう防ぐか
⑤遺言執行人は果たして必要な存在なのか?
⑥愛人に財産相続の権利はあるのか

◆◆◆

相続争いが起きやすかった矢島家の背景

嘉蔵さんが遺した遺言状で、トラブルが起きた理由として考えらえる点はいくつかありました。これまでの復習も含めて、整理し直しておきましょう。

まずは、矢島家の背景です。矢島家は代々続く女系の一家。長女である総領娘が婿をとって「矢島商店」を繁栄させてきました。

四代目の嘉蔵さんも婿養子として矢島家を継いでいますが、総領娘である妻・松子さんは5年前に他界しています。さらに、嘉蔵さんの娘で、本来は総領娘として跡を継ぐはずだった長女の藤代さんは、いったん他家に嫁ぎましたが、離縁して矢島家に戻ってきています。現在、矢島商店を継いでいるのは、次女の千寿さんとその婿である良吉さんです。

女系家族のなかで、一番力を持つはずの松子さんは亡くなり、五代目の総領娘の藤代さんは出戻り。そのうえ、矢島商店を次女が引き継いでいるという状況だけでも、相続争いを生んだ一因といえるでしょう。

とくに、長女の藤代さんは、出戻りにもかかわらず、“総領娘”としてのプライドだけは捨てきれないでいました。その分、財産も多めにもらう権利があるのではないかという思いも持っているのです。

次に、財産の内容です。嘉蔵さんは遺言状に、長女の藤代さんに不動産、次女の千寿さんに矢島商店の営業権、三女の雛子さんに骨董品や株券などを相続させると遺しました。それぞれタイプの違う財産のため、3人は自分の相続財産の評価額が気になるのです。ほかの2人よりも取り分が少なくないか、自ら調査を始めたりもします。

そうなると、3人の周りにそれぞれ余計な忠告やお世話をする人々が登場します。この人たちの良からぬ思惑もからんできて、話はさらにややこしくなっていきました(参考:小説に学ぶ相続争い『女系家族』④――相続をひっかきまわす迷惑な人々の介入をどう防ぐか)。

加えて、本来は相続を円滑に進めるための「遺言執行人」として信頼できるはずの大番頭の宇市さんもトラブルの原因となります。宇市さんは、長い間大番頭を務めており、矢島家の財産もしっかり把握していました。それが裏目となって、宇市さんは矢島家の財産をちょろまかして、自分の懐に収めようとしていました。

極め付きが、嘉蔵さんに愛人がいたこと。長女の藤代さんと同い年の文乃さんという女性です。しかも、文乃さんのお腹の中には、赤ちゃんまでいるのです。嘉蔵さんは、この文乃さんにも財産を分けてほしいと、遺言状にしっかりと書き残しているのです。

というわけで、矢島家の相続争いは起きるべくして起きたといっても過言ではないでしょう。

遺言状ではなく、生前に信託契約を

では、嘉蔵さんはどのような遺言状を遺せば良かったのでしょうか。

それは、やはり“信託契約”です。もちろん、嘉蔵さんが存命なうち、しかも元気で体力があるうちに、です。とはいえ、嘉蔵さんは婿養子なので、妻の松子さんが存命中は、財産への手出しはできないでしょうから、松子さんが亡くなった後、つまり5年前から矢島家や相続人の状況を考え、タイミングを見計らい準備をすすめて信託契約書を作成しておくべきだったでしょう。

では、どんな信託内容にしていくか。基本的には、嘉蔵さんが遺した遺言状の財産分割とと同じような形で大丈夫だと思います。

嘉蔵さんが遺言状で3人娘に遺した財産が次の通りです。

〈一、遺産のうち、矢島商店として使用中の土地建物及び、商品並びに暖簾営業権は分割することなく次女千寿が相続し、養子婿良吉は二代目から商い名としている矢島嘉蔵を襲名し、商いに従うこと。

(中略) 

二、大阪市西区北堀江六丁目所在の貸家二十軒及び、都島区東野田町所在の貸家三十軒の建物と土地は長女藤代が相続すること。したがって貸家の売却もしくは賃貸など一切藤代の自由なるべし。  

三、株券六万五千株及び、道具蔵に所蔵する当家の骨董類は、三女雛子が相続すること。したがって、株券及び骨董の現金化は当人の勝手たるべし〉

長女の藤代さんには不動産、次女の千寿さんには店の営業権、三女の雛子さんには株券と骨董品という分け方は妥当だと思いますので、これを遺言状ではなく、信託契約にすればいいのです。

その際、委託者、受益者、受託者は次のようになります。

委託者=財産を託す人=嘉蔵さん
受益者=財産を受け取るなどの利益を受ける人=嘉蔵さんが存命中は嘉蔵さん。嘉蔵さんが亡くなったあとは藤代さん、千寿さん、雛子さん
受託者=委託者から、財産を管理したり、その契約内容を執行したりすることを託された人=藤代さん、千寿さん、雛子さん
このように信託財産ごとに受託者を決めておきます。

さらに、嘉蔵さんは実質的な支配権である指図権者として、指図権を保持しておきます。指図権者とは、受託者の財産の管理について、指図できる権利を持つ人のことです。

それぞれの財産の名義は3人娘にしておくけれども、嘉蔵さんが存命のうちは、3人が勝手に財産を処分したり贈与したりできないようにしておきます。

嘉蔵さんが指図権者となっておくことで、3人の周りに登場した厄介者の介入を防ぐことができます。

ちなみに、3人娘は自分の財産の評価額を気にしていました。そういった不満についても、嘉蔵さんが生きている間に信託契約することで、話し合いによって、納得してもらうことも可能になるでしょう。

次に、共同相続財産についてです。遺言状では、次のように記されています。

<五、右以外の遺産は、共同相続財産とし相続人全員で協議の上、分割すること。>

嘉蔵さんが亡くなった後に、3人娘に共同相続財産の分割を任せてしまうと、それこそもめごとが大きくなりかねません。そのため、共同相続財産についても、最初から3人娘に分け、信託契約してもいいかもしれません。

愛人には生前に財産をしっかり渡しておく

相続人がこの3人娘だけなら、これでだいたい丸く収まると思うのですが、小説では、もう一人、嘉蔵さんの子どもらしき存在があらわれます。それが、嘉蔵さんの愛人・文乃さんのお腹の中にいる子どもです。

嘉蔵さんは、遺言状で次のように遺していました。

<まことに憚りながら、私儀の歿後は、この女にも何分のものを相つかわされ度く、幾重にも願い上げ候。上記の女の住所姓名は……>

案の定、文乃さんとお腹の中の子どもの存在は、矢島家の相続の大きなもめごとになりました。遺言状に、「愛人にも財産を分けてやってくれ」と、その愛人の住所と名前まで記してしまえば、もめて当然です。

私なら、「遺言状には一切文乃さんと文乃さんの子どもの話は書かないでください」と嘉蔵さんにアドバイスします。

愛人への財産の遺し方については、前回の連載6回目で紹介した通りで、やはり、生前に不動産なり現金なりをしっかり渡しておくほうが無難です。

実際、小説の中でも、文乃さんは矢島家からかなり嫌な思いをさせられています。親族に愛人の存在を知らしめるのは、ある意味、危険な行為ともいえるでしょう。

ただし、嘉蔵さんや文乃さんに、文乃さんの子どもを矢島家の一員として認めてもらいたい、矢島家とこれからもかかわらせていきたいという気持ちがあるなら、それはまた別です。

その場合は、3人娘への相続財産を信託契約にしておき、共同相続財産の分割方法を遺言状で遺す。その共同相続財産から、文乃さんの子どもにも相続させるといったかたちがベターな方法と言えるでしょう。

私としては、文乃さんには、生前の嘉蔵さんからそれなりの財産を分けてもらい、親子二人で心穏やかに暮らしていってもらいたい、という思いはあるのですが、実際の文乃さんの心の内はどうだったのでしょうか……。

以上が、矢島家にもめごとを起こさないための私からのアドバイスになります。

この『女系家族』という小説の時代設定が昭和30年代と少し古く、嘉蔵さんは婿養子でしたし、もめごとが起きやすい人間関係がいろいろありました。

しかし、これは決して他人事ではありません。現代においても誰もが“嘉蔵さん”になり得る可能性があります。

自分の亡き後、仲の良かった家族が争いを起こさないためには、生前にしっかり整理しておくことが大切です。「まだまだ先のこと」と後回しにせず、いまから財産の遺し方、つまり処分する物、遺す物などそれぞれの整理について考えてみてはいかがでしょうか。

〈『女系家族』の相続争い 了〉

【連載】「犬神家の一族」の相続相談

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この記事を書いた人

弁護士

一橋大学法学部卒。1985年に弁護士資格取得。現在は新麹町法律事務所のパートナー弁護士として、家族問題、認知症、相続問題など幅広い分野を担当。2015年12月からNPO終活支援センター千葉の理事として活動を始めるとともに「家族信託」についての案件を多数手がけている。

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