小説に学ぶ相続争い『女系家族』②――財産を次の代に引き継ぐ、相続を考えるタイミング(1/4ページ)
谷口 亨
2021/08/20
『女系家族』(上・下) 山﨑豊子 著/新潮文庫 刊/各825円(税込)
『白い巨塔』や『沈まぬ太陽』など、鋭い社会派小説を数多く世に残した山﨑豊子。『女系家族』は、四代続いた大阪・船場の老舗の問屋「矢島商店」で巻き起こる遺産相続のトラブルを題材とした小説です。初版が刊行されたのは、いまから50年以上も前で、これまでに若尾文子主演の映画や米倉涼子主演のテレビドラマなども制作されています。
小説で描かれる相続争いは、女系家族に婿養子に入った「四代目・矢島嘉蔵(よしぞう)」の長女・藤代、次女・千寿、三女・雛子の3人娘に遺した遺言状に端を発した3人娘の相続をめぐる確執。その彼女たちを取り巻く人たちがからみ、嘉蔵のお妾さんも登場し、いかに他者に比べ自らが多くの財産を手にするか、欲望剥き出しの人間模様が展開されます。
この女系家族・矢島家で起こった相続争いの原因を検証しながら、トラブルが起きない相続の方法を探ります。
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婿養子ならではの気遣い
1回目では、戦前・戦後をはさんだ民法や時代背景の違い、それらに代々番頭という使用人から婿養子を迎える矢島家独特の家風に3人娘が翻弄されていることに、相続トラブルの原因があったのではないか、そして、相続トラブルの元になる「分配の不公平感」についてお話ししてきました。
2回目では、相続人同士のこうした不公平感が生まれる原因、その解決方法を考えていきます。
相続においては「自分の相続財産はほかと比べ少ないのではないか」「あるいは相手はもっともらっているのでは……」という不信感は誰もが抱くものです。そんなときに誰かがそれを口にすることで、相互不信が芽生えトラブルになることはしばしば起こります。
矢島家では、長女の藤代さんが総領娘としてのプライドから、自分の相続分が少ないと感じ、それが相続争いに火をつけました。
遺言状が一族一堂の前で公表された際に、藤代さんが「それでよろしおます」と言っていたら、丸くおさまったように思えます。
私が見たところでは嘉蔵さんの遺言状の内容は、公平かつ、バランスの取れた内容だと思えました。
嘉蔵さんの遺言状では、長女の藤代さんに不動産、婿養子をとった次女の千寿さんには店の経営権、三女の雛子さんには骨董品と株券と、3人それぞれ矢島家の相続財産を分割するようにとしたためられていました。また、相続時の資産額ベースでもおおよそ9600万円になるように分割されています。
しかも、千寿さんが相続した店の経営権についても、商いを継続して利益が出続ける間は不公平が生じないようにと、〈月々の純益の五割分は、長女藤代、次女千寿、三女雛子の間で三等分にして所有〉としています。
さらに店と居宅の不動産についても、〈奥内(居宅部分)の土地建物は、同上三人の共同相続財産にして、三人合議の上で適宜に処分されたし〉と、ここも公平に三等分するよう言い残しています。
これを見ただけでも、婿養子に入った嘉蔵さんの気遣いを感じます。
この記事を書いた人
弁護士
一橋大学法学部卒。1985年に弁護士資格取得。現在は新麹町法律事務所のパートナー弁護士として、家族問題、認知症、相続問題など幅広い分野を担当。2015年12月からNPO終活支援センター千葉の理事として活動を始めるとともに「家族信託」についての案件を多数手がけている。