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小説に学ぶ相続争い『女系家族』④――相続をひっかきまわす迷惑な人々の介入をどう防ぐか

谷口 亨谷口 亨

2021/10/21

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『白い巨塔』や『沈まぬ太陽』など、鋭い社会派小説を数多く世に残した山﨑豊子。『女系家族』は、四代続いた大阪・船場の老舗の問屋「矢島商店」で巻き起こる遺産相続のトラブルを題材とした小説です。初版が刊行されたのは、いまから50年以上も前で、これまでに若尾文子主演の映画や米倉涼子主演のテレビドラマなども制作されています。

小説で描かれる相続争いは、女系家族に婿養子に入った「四代目・矢島嘉蔵(よしぞう)」の長女・藤代、次女・千寿、三女・雛子の3人娘に遺した遺言状に端を発した3人娘の相続をめぐる確執。その彼女たちを取り巻く何やら下心を持つやっかいな人たち、嘉蔵のお妾さんも登場し、いかに他者に比べ自らが多くの財産を手にするか、欲望剥き出しの人間模様が展開されます。

この女系家族・矢島家で起こった相続争いの原因を検証しながら、トラブルが起きない相続の方法を探ります。

◆◆◆

相続をスムーズにさせない「自分が損しているかも」という思い

婿養子だった嘉蔵さんは、藤代さん、千寿さん、雛子さんの3人娘にほぼ平等に財産が分配されるよう、遺言状を遺していました。しかし、一部の土地や建物、山林などを共同相続財産として、

<……相続人全員で協議の上、分割すること>

としてしまいました。

分配方法を相続人たちに任された共同相続財産は、この小説に限らず、相続の現場ではもめごとの原因になりがちです。そもそもこの小説では、長女の藤代さんは自分が相続する不動産の評価額を気にしています。口では「自分の相続分が少ない」としてはいますが、根底にあるのは、「総領娘として、それなりの財産を相続するべき」、というプライドによるやっかいな理由です。

藤代さんがこうした「少ないかも」という不平等感を出せば、千寿さんも雛子さんも、自分の相続分に損がないか、気になってきて当然です。

しかし、藤代さんを始め、千寿さんも雛子さんも、相続のことや資産の評価について詳しいはずがありません。そんなこともあってか、彼女たちの周りには、嘉蔵さんが遺した多くの資産のうちの幾ばくかを手にできないか、などといった思惑を持つ親戚縁者が登場します。そういった周囲の人たちが、相続人たちに余計な入れ知恵をすることで、さらに相続問題は複雑になっていきます。

相続に口出しする人々の思惑とは……

では、3人娘の周囲にどんな厄介人が登場し、彼らはどんな思惑を持っていたのか見ていきましょう。

まず、一度、他家へ嫁いだものの出戻ってきた総領娘、長女の藤代さんのケースです。

藤代さんは不動産を相続しました。それが、次女や三女の相続分と比較して、割合が少ないように感じているうえに、先ほど指摘したように「総領娘だから少しでも多く相続するべき」という思いを強く持っています。そのため藤代さんは相続財産の評価額が気になって仕方がありません。

そこで頼りにしたのが、踊りの師匠の梅村芳三郎さんです。

藤代さんはこの芳三郎さんに、相続した貸家や土地の評価の協力をお願いしたり、共同相続財産の山に一緒に入って、山守の評価を聞いたりするのですが、その間に梅村さんとちょっといい仲になったりもします。

そして梅村さんは、山守に自分たちの関係を次のように説明したほうがいいと藤代さんに言っています。

<私のことは踊りを習うている師匠といわずに、将来、あんさんと結婚するかも解らん間柄の男という風に匂わしておくことだす>

山守に怪しまれないための口実かもしれませんが、ほかにも、藤代さんに好意を持ち、結婚まで考えているかのようなセリフをいくつか言っています。

とはいえ、後々になってその内実を次のように白状します。

<……その相続額と、その額をたたき出すのに知恵を搾った私の労力とそれに消費した時間とを睨みあわせた金額を、梅村流の会に寄付して戴きたいというのでおます、もし、それもおいやというご意向なら、ご相続分のことについてのご相談は、今日限りにして貰いとうおます>

頼りにしていた梅村さんにこんなふうに言われた藤代さんは、心細さと不安を覚えて、まんまと芳三郎さんの言いなりになっていくわけです。

結局、芳三郎さんは“カネ目当て”の迷惑な人でしかなかったのです。

次に、養子婿をとって矢島商店を継いでいる次女の千寿さんです。

千寿さんの周囲にいるのは、夫の良吉さんです。良吉さんは迷惑な人というわけではなく、跡取りになった以上、自分たちが正しく財産を相続することを考えているといったほうがいいでしょう。

姉の藤代さんからは凡庸に思われている良吉さんですが、大番頭の宇市さんが、嘉蔵さんの財産や矢島商店の売上をくすねているのではないかと疑っています。

千寿さんに激しい口調で次のようなことを言っています。

<あんたが相続をすまし、わいがあんたの配偶者として、矢島商店の五代目店主になって営業権を継いだら、その時こそ、ぬきさしならん証拠を掴んで、わてを養子扱いにして嘗めてかかったあいつを、抜打ちに徹頭徹尾、調べ上げて仕返しするつもりだすさかい……>

小説を読む限り、良吉さんは、婿養子としての謙虚な姿勢を持ち、冷静なタイプのように見受けられます。しかし、心の中には、婿養子として虐げられてきた悔しく激しい思いがあるようです。

そして、矢島商店の利益の半分を、3人娘で等分しなければならないという遺言について、新たな作戦を考えたり、千寿とともに抵抗する姿を見せたりします。

最後に、古いしきたりに縛られない三女の雛子さんです。まだ結婚していない天真爛漫な雛子さんには、叔母の芳子さんが付きまといます。

嘉蔵さんの亡くなった妻であり、矢島家の総領娘であった松子さんの妹が芳子さんです。

嘉蔵さんは、なるべく戦後の新しい民法にのっとった財産分割をしているため、総領娘の藤代さんに多くの財産を遺すようなことはしていません。しかし、芳子さんたちが親から財産を相続した戦前は、長子相続が決まっており、姉の松子さんと芳子さんの相続には大きな隔たりがありました。その法律に対する悔しい思いをこう口にしています。

そんな殺生な法律でおますやろか、矢島本家の二人姉妹に生まれながら、たった一年、生まれてくるのが遅れただけで、矢島家の冷飯ぐいさせられているわてが……

しかも、芳子さんの分家の矢島商店は、どうも経営状況が芳しくありません。

そこで、考えたことが次の通りです。

<あの娘をうちの養女にして、あの娘を通して、わての取られへんかった矢島家の財産を取り、この店を持ち直すのだす>

「あの娘」とは、もちろん雛子さんです。

つまり、雛子さんの身の周りを気遣ってあげたり、お見合いをすすめてみたりするのですが、その心の内は、総領娘でないがゆえに不公平な相続をした過去を挽回するために、雛子さんの相続財産を手に入れようというものなのです。

誰にも口出しさせない「信託」で遺言を遺す

このように、3人娘それぞれの周りによからぬ思惑を持った人たちがうろうろすることで、相続問題はさらに厄介なものに発展していきます。

こういったことは小説の中の問題だけではなく、現代でも同様のことが起こっています。しかし、そういった裏側のどろどろとした事情は、弁護士である私のところまですべて現れることはなく、実は見えているのはほんの一部です。

とくに問題となるのは、矢島家と同じように現金ではない財産が多い場合です。なかでも不動産に対する評価は人や世の中の状況によって違いが生じるため、時間をかけてもめたところで簡単に解決しないことも多くあります。そこに余計な口出しをしてくる親戚縁者が登場すれば、さらに相続争いは増幅。まとまりそうなものもまとまらなくなるのです。

結果、親戚縁者でもめにもめて、そのうち、誰かが弁護士のところに相談に来るというのがよくあるパターンです。

こうした場合、まずは相談に来た依頼者の思いがなるべく叶うようなスキームを弁護士として考えます。しかし、法律で決められたルールに沿う形で、財産を分割せざるをえません。
どんなに時間がかかっても、結局は、相続人それぞれに折り合いをつけてもらって解決に導くような形になります。

こういった面倒な問題を起こさないためには、相続人を取り巻く人たちの介入を防ぐしかありません。こうしたケースでも「信託」という方法は使いやすい手段です。

矢島家においてどんなスキームがよいかはここで説明しませんが、生前の被相続人の思い、相続人の思いを語っておくことで、相続トラブルを未然に防ぐことができます。そして、信託で「契約」という形になるため、前述のように第三者が介入しづらくなるのです。

矢島家も同様で、財産の遺し方をきちんと信託しておけば、周辺の人たちが相続をひっかきまわす余地もなかったはずです。

【連載】
「犬神家の一族」の相続相談
小説に学ぶ相続争い『女系家族』①――相続争いがはじまる根本的な原因はどこにあるのか
小説に学ぶ相続争い『女系家族』②――財産を次の代に引き継ぐ、相続を考えるタイミング
小説に学ぶ相続争い『女系家族』③――分割しにくい不動産を含めた「共同相続財産」の遺し方

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この記事を書いた人

弁護士

一橋大学法学部卒。1985年に弁護士資格取得。現在は新麹町法律事務所のパートナー弁護士として、家族問題、認知症、相続問題など幅広い分野を担当。2015年12月からNPO終活支援センター千葉の理事として活動を始めるとともに「家族信託」についての案件を多数手がけている。

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