賃貸仲介不動産業の報酬「AD」 不動産屋は仲介手数料だけでは食えない!?
南村 忠敬
2022/01/18
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需要と供給に対応できない不動産
一昨年の正月が明けて間もなく、中国湖北省武漢市が発生源とされる原因不明のウイルス性肺炎[2019年1月7日に世界保健機関(WHO)が新型コロナウイルスによる感染症と命名]が我が国で大きく取り上げられたのが、1月20日に横浜港を出港し、16日間のベトナム・香港クルーズを終えて横浜港に戻ってきたダイヤモンド・プリンセス号の船内で発生したクラスターだった。以降、堰を切ったようにコロナウイルスの猛襲が世界中を恐怖に陥れ、2年経った今もなお変異株の勢いを抑えられない事態が続いている。
この間、我が不動産業界においても、過去それまでに経験のない社会構造の変化に直面し、特に賃貸市場における需給バランスは完全に崩れた。学生の一人暮らしやインバウンドによる外国人就労者及び留学生の姿が現場から消え、小規模な居住用賃貸物件に空室が目立つ現在、オーナーの経営戦略はひたすら我慢か、賃料値下げによる他との差別化に頼るしか方法は見つからない。
工場生産で出荷量を調整したり、過剰供給を抑えるために商品を廃棄したりできない“不動産”では、需要が減れば供給は増えるのが当たり前で、右肩上がりの経済成長時代からこれまで、造り続けてきた耐用年数の長い“箱物”は全国各地で行き場を失ってしまった。
他方、交通インフラ維持に今も必要不可欠なガソリンが高い! その販売店や卸元企業も原油価格の高騰には頭を痛めている、というのは分かる。ガソリンが高くなりすぎると利用者が控える≒売れなくなるから、という理屈だ。
ガソリンの価格を構成しているのは大別して二種類。一つは税金で、もう一つがガソリン本体。ガソリンの販売価格が上がっても、消費税以外の税額(ガソリン税本則及び暫定税率分53.8円、石油石炭税2.54円)は変更がないから、実際にスタンドで金を払う消費者が「たっけ~~!」と嘆く原因は、ガソリン本体の価格にある。
つまり、仕入れ値が上がれば本体価格に転嫁され、負担は消費者が被ることになっているからだ。何が言いたいのかというと、昨年後半から高騰を続けているガソリンだが、結局販売店等は原油価格等、原価の値上げ分は商品代金に転嫁しているのだから、販売量が同じであれば全く損はしていないのではないかということ。
もっと言わせてもらえば、販売量が落ちる分、本体価格の上げ幅(ここは自由競争の範疇)を大きくすれば同じことが言えるということだ。消費者が車の利用を控えるまでには至らない程度の値上げは織り込み済みで、勿論すべてがそうだとは言わない(熾烈な競争下で原価高騰部分を反映できていない企業も在るだろう)が、そもそも商売の類型として原価の高安に係わらず、商品価格をコロコロ変えられない業種業態においては、即身銭を切るしかないのが現実だ。
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翻って、我が業界で主流派の“不動産仲介業”では、主にお客から頂く手数料(法的には媒介報酬という)で飯を食っている。それには“報酬額の上限”という箍(タガ)がハメられている。売買仲介なら3%+6万円、賃貸仲介は家賃の1カ月分(いずれも消費税は別)などの御念仏がそうだ。
昭和45年(1970年あの大阪万博の年だ!)建設省告示第1552号により、宅地建物取引業における媒介報酬に統一基準が定められた。時代背景は高度成長期の山場。その年の高額所得者番付では、前年度年収1億円以上の高額所得者が前々年度と比較して10倍に増えたという。
しかし、その殆どが不動産譲渡による“土地成金”だったという話。当然、全国で地価が高騰し続け、斡旋仲介に関わる不動産屋の先輩方も大儲けしたであろう夢の時代だ(小生、その頃はまだ小学生であったから詳しくは存じ上げないが)。
そもそも不動産業者の登録が宅建業法によって義務付けられた昭和27年当時、手数料に関する規制は宅建業法施行当初、都道府県知事によって定めるとされ、最終的に報酬基準(昭和40年建設省告示第1174号)はできたものの、それぞれの地方庁の宅建業法施行細則にバラつきがあり、10種類ほどの異なる基準を各自治体の裁量で運用していたそうだ。
つまり、地域によって手数料の額が違うことが適法だった。その後、不動産取引が活発化するに伴って、統一基準を望む機運が高まり、建設省の改正告示第1552号でようやく統一が図られたという歴史がある。
さて、現在、売買仲介において、長引くデフレの影響で不動産価格そのものが低迷している地域では、手数料率で計算される媒介報酬額を直撃している。また、需要減≒供給過多の、所謂借り手市場が続く賃貸仲介の現場では、賃料相場の下落も伴って“ジリ貧”の様相も見えてきた。
令和4年、今年の景気を占う財界人らが異口同音に唱えるのは、withコロナ社会に対応するイノベーションの必要性と、個人向けサービス関連業種の巻き返しへの期待だ。しかし、不動産業界の多くを占める中小零細の仲介業者には、厳しい時代の幕開けとなるだろう。
賃貸仲介不動産業者の報酬にまつわる不思議
不動産屋の斡旋で部屋を借りようとしたときに請求される媒介報酬、所謂“仲介手数料”のことだが、大体が借りようとする物件の賃料1カ月分に消費税がプラスされて請求されているだろう。
業界のことを全く知らない消費者なら、それが一般的だと信じ込んでおられると思う。この「賃料の1カ月分」という根拠は何かというと、先述した昭和45年の建設省告示第1552号で、業界では報酬規程と呼んでいるその中に書かれている告示第四がそれで、要約すると、「宅建業者が依頼者双方(貸主・借主)から受領できる報酬の合計は対象物件賃料の1カ月と消費税。
ただし、借主が住居として使用する物件の場合は、依頼者の一方から受ける報酬は賃料の0.5カ月と消費税を上限とする(1カ月分を支払うことにつき依頼者の承諾を得ている場合を除く)」となっている。要は、一つの物件の取引において得られる不動産屋の報酬上限は、賃料1カ月相当分(消費税別途)までである。
問題はここから。例えばワンルームマンションなど、比較的賃料の安い物件の場合、不動産業者の斡旋に係る仕事量と受け取ることができる報酬とのバランスが取れないという業務上の問題に直面する。
賃料4万円の物件を契約するまでに、物件探索、複数物件への案内、お客への連絡、物件調査、重要事項説明書や契約書類の作成と説明・交付、鍵の引き渡しという一連の業務を完璧にこなして、やっと受け取る報酬が2万2000円(税込)。オーナー側に別の不動産会社が仲介として介在する場合だと、それぞれ一方からの手数料だけが収入となり、合計も何も、賃料の0.5カ月で完結となる。
「これでは割に合わない(泣)」というのは、経営感覚から利益が生じないということで、仕事の内容や量とのバランスではなく、それに係る人件費、交通費、調査実費や事務所経費を勘案すると採算が取れないということだ。
ではどうするのか。ここで先ほどの告示をよく見ると、あった!!
告示第九 「第二から第八までの規定によらない報酬の受領の禁止」①の但し書きに、「ただし、依頼者の依頼によつて行う広告の料金に相当する額については、この限りでない」という一文に目を付けたある不動産屋が、広告料と称した費用を手数料化することで、オーナーからの報酬を確保でき、それを客付け業者に分配する。その額が大きければ大きいほど営業促進にも繋がり、結果としてオーナーは空室リスクを抑えることができる。これって、“三方良し”じゃない?
これが全国区になって、今や津々浦々、賃貸仲介や管理業務においてオーナーが負担する販売促進費用[AD(エーディー)と呼ばれる※1]は、業界の暗黙ルール的な常識となっている。
賃貸仲介における“暗黙ルール的常識”のAD。写真は業者間でやりとりされる物件の図面 撮影/編集部
AD 法律的にはどうなのか?
不動産屋の個別事情はともかく、法律的にこのやり方は認められるのか。
この件に関して、法律専門家の多くは「昭和57年の東京高裁判決※2」を引用して、請求可能な広告宣伝に対する費用を、「特に容認する広告の料金とは、大手新聞への広告掲載料等報酬の範囲内で賄うことが相当でない多額の費用を要する特別の広告の料金を意味するものと解すべき」の行を盾に取る。あくまでも純然たる実費で、且つ手数料では賄えない金額の広告費が対象だと言い、それ以外は全て違法という判断になる。
しかし、ここで断っておかなければならないことは、昭和57年当時の広告媒体といえば、新聞、雑誌、チラシ、TVやラジオメディアであり、今のようにインターネット媒体は念頭にないから、「多額の費用」の感覚が違うということ。
まあ、それでも今日に至るまで、不動産業界としてはこの判決の意図を汲んで、告示第九①の但し書き部分を腫物扱いしてきたし、国や地方行政庁でも、この問題には積極的に介入しようとはせず、字面の解釈とケースバイケースの個別対応を続けてきた。それは、ある意味、50年以上も前の告示の基準が、現在の社会情勢や経済状況と乖離していることも少なからず認めざるを得ない、という配慮なのだろうか。
しかしながら、宅建業法という法律に、宅地建物取引業者は、国土交通大臣の定めるところによる額を超えて報酬を受けてはならないと明確に規定されている(法46条)から、依頼者が依頼した広告の料金相当額という定義に当てはまらないADというのは、紛れもなく違法であろう。
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法律に違反しない“三方良し”は実現するのか
仲介業務には不動産会社が1社のみで取引を行う両手仲介と、複数社が関与する片手または配分方式の仲介が在るが、後者の場合、客付け側の業者にオーナーが直接ADを支払うケースは殆ど見られず、元付側業者が営業経費として負担し、支払い手数料的な科目で経理処理がなされるのが一般的だ。
何故なら、業者間でやり取りされる経費については宅建業法の範疇ではないため、違法とはならない。問題となるのは、前者の場合と、後者の元付側業者がオーナーから受けるAD報酬だ。
法律は、「宅地又は建物の売買、交換又は貸借の代理又は媒介に関して」の報酬制限を規定しているのだから、これらの業務外から発生する報酬であれば問題なく受け取れる。そこで一考したいのが、但し書きのグレーな運用や業者に都合のよい拡大解釈などではなく、代理や媒介業務に基づかない報酬を正当且つ適法に受け取る業務として、例えば管理委託契約をオーナーと結んでいる場合、管理業務の一環として入退去に係る事務や部屋の清掃業務など、入居者募集に関する代理・媒介業務とは別に提供するサービスや役務の内容を明示したうえで、予め管理委託契約に盛り込んでおく。
そして、現実に新規の賃貸借契約が成立したとき、管理会社(元付業者)は自らの経費として客付け業者に販売促進費用を拠出するのは如何か? それはそれ、ADはまた別物と言いたい向きもあろうが、ADは本来、告示の厳格な運用以外、明らかに宅建業法に違反するから、どのような言い訳を用意し、金銭支払いの流れを操作しようとも、やはり厳に慎むべき不法行為なのだ。
拙者自身、賃貸媒介報酬を定めた告示内容については、見直しも必要ではないか、と考えていた。賃料の1カ月という上限が時代遅れであり、業界内においても、賃貸借の報酬上限を現行の2倍に引き上げる案や、貸主借主双方から夫々1カ月に告示改正してはどうか、というような議論は以前からあった。しかし、“考えていた”けれど、今は少し考えが変わっている。
もう十数年前になろうか。生々しい話だが、国交省のとある地方整備局で、当時の幹部と雑談交じりに賃貸借の媒介報酬について議論した際、彼曰く、「告示の上限を現行の2倍、つまり2カ月分まで取れるようにすることが宅建業者の利益になるとは思えないんです。今、現場では広告料と称して、規定報酬以上のフィーを取っていますよね? それって、うちや地方庁でも分かってるんですよ。ただ、家主が騙されているような悪質なケースは別ですが、納得して支払っている以上、積極的に取り締まっていないでしょ? 市場原理を理解しているからですよ。でも、これを改正して上限を引き上げた場合、そのときは厳格に対処することになりますから……」と含んで見せた。
行政が告示改正に消極的なのには、それなりの理由が在るのだろう。
今も宅建業者の前に厳然と立ちはだかる「昭和45年12月23日建設省告示第1552号」。それは、売買・賃貸借の代理、交換、媒介に係る純粋な“報酬”の上限規定である。
一方で宅建業者は商法上の商人であり、既定報酬以外の収益を得ることまでも禁じられているわけではない。法律の抜け穴探し的に理屈を並べるのではなく、契約の当事者双方に対する説明責任を果たした上で、案件毎の特殊性に基づく個別経費総額と規定報酬の額とに不均衡が生じた場合、必要な実費は報酬とは別に請求し得ることなど、ガイドライン※3には明記されているのであるから、大いに運用すべきであろう。
拙者は思うに、とかく不動産屋の多くは面倒くさいことを避ける傾向にある。しかし、それでは駄目だ! これからの時代、法律を熟知して正しく運用し、手間暇を惜しまない“仕事”こそが自らを救う道なのではないか。
※1(AD)は広告の英語表記advertisement(アドヴァタイズメント)を略したもの
※2東京高裁昭和57年9月28日判決、判例時報1058号70頁
※3国土交通省 宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方 3.標準媒介契約約款について(3)⑤、⑦
〜この国の明日に想いを馳せる不動産屋のエセー〜
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この記事を書いた人
第一住建株式会社 代表取締役社長/宅地建物取引士(公益財団法人不動産流通推進センター認定宅建マイスター)/公益社団法人不動産保証協会理事
大学卒業後、大手不動産会社勤務。営業として年間売上高230億円のトップセールスを記録。1991年第一住建株式会社を設立し代表取締役に就任。1997年から我が国不動産流通システムの根幹を成す指定流通機構(レインズ)のシステム構築や不動産業の高度情報化に関する事業を担当。また、所属協会の国際交流部門の担当として、全米リアルター協会(NAR)や中華民国不動産商業同業公会全国聯合会をはじめ、各国の不動産関連団体との渉外責任者を歴任。国土交通省不動産総合データベース構築検討委員会委員、神戸市空家等対策計画作成協議会委員、神戸市空家活用中古住宅市場活性化プロジェクトメンバー、神戸市すまいまちづくり公社空家空地専門相談員、宅地建物取引士法定講習認定講師、不動産保証協会法定研修会講師の他、民間企業からの不動産情報関連における講演依頼も多数手がけている。2017年兵庫県知事まちづくり功労表彰、2018年国土交通大臣表彰受賞・2020年秋の黄綬褒章受章。