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擁壁を知れば土地の価値が見えてくる!…土地投資の落とし穴にご用心

南村 忠敬南村 忠敬

2022/10/04

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今年の台風の特徴は、日本近海での発生率が例年に比べて高いということらしい。その原因は海水温度の高い海域が北上し、日本近海まで迫っているからだそうだ(日本気象協会)。この状況は今後も続く見込みらしく、9月以降の台風は、本土上陸も増えてきそうだ。特に注意を要するのが、台風の大型化、巨大化で、海水温度が高いほど海面から水蒸気が大量に発生するから、自ずと台風が大型化する。つまり、台風の栄養分となる水蒸気をたっぷり含めば含むほど、台風という気象怪物は巨大化していく。

記録的に早い梅雨明けと思いきや、8月になっても雨は止まず、とりわけ東北、上信越の各地に記録的豪雨をもたらし、それ以外の地域はこれまた記録的猛暑となった今夏。水を含みまくった地盤が大規模な土砂災害に繋がることは、火を見るより明らかである。

岐阜県高山市丹生川町の「乗鞍スカイライン」では、一昨年の豪雨被害によって道路の一部が崩落し、通行止め、片側交互通行となっていた箇所の復旧工事がようやく完了し、本年9月10日の開通を目前にしていた9日、再び大規模な崩落が発生していることが工事業者の調査で判明。長さ約38メートル、幅約10メートル、高さ約15メートルに渡って、真新しいコンクリートの擁壁が無残に崩れ落ちている空中映像を、ニュースでご覧になった読者も多いと思う。
この時、拙者の頭を過ったのは、「なんと人間の無力なことか。。」という自然の力に対する絶望的な感情と、「擁壁の設計に問題は無かったのかな?」という懸念だった。
東日本大震災では、東電福島第一原子力発電所の防潮堤が全く役に立たなかったし、以降も全国各地を襲った豪雨に由って、河川堤防の決壊や山麓に造られたコンクリート擁壁の崩壊など、“想定を超える”自然の猛威による災害が相次いでいる。そのとき、人工的な構造物に加わる“力”は如何ほどのものなのか?という好奇心が湧いてきた。“力”とは単に“重さ”ではないということは分かる。しかし、それ以上の深堀には、遥か昔に封印し、重い扉の奥に葬り去っていた物理や数学という“魔の経典”を引っ張り出すしか、拙者の興味を満足させる術は無い。

【“力”を受け止める壁・擁壁を知る】

擁壁を一言で説明するのは簡単ではないが、総じて表すなら、「土の崩れを防ぐための壁状の人工構造物」となろう。あとは設置の目的や場所によって、構造、材質が異なり、種類が分かれる。

1.設置目的が宅地の切土または盛土造成の場合
土地の形状(斜面地、平地)に由らず、宅地の土砂の流出を防ぐ必要が生じる(敷地と地盤面に高低差が生じる)ような工事を行う場合、建築基準法では高さ2mを超える擁壁の築造には建築確認が必要とされている。また、自治体の「がけ条例」に依っても規制が掛かることも多いので、土地を購入して家を建てる場合には、その地域の条例を確認することは必須だ(原則、傾斜が30度を超える角度で、高さ2mを超える高低差がある斜面地を「がけ」と規定する)。
擁壁の構造は、宅地造成規制法施行令第6条に、「鉄筋コンクリート造、無筋コンクリート造または間知(けんち)石練積み造、その他の練積み造のものとすること」という規定が在るが、最近では施工が比較的容易で、強度も確保できる鉄筋コンクリート造を採用することが多い。
種類としては、L型(自用地内に基礎)、逆L型(隣接地側に基礎)、逆T型(自用地と隣接地に跨る基礎)のうち、土地の形状や隣地との関係で採用される。高さが2m以下であっても擁壁を築造する必要がある場合などで、ブロック積注1を用いることもあるが、これも立派な擁壁である。ただし、コンクリートブロック自体の土圧強度は低く、本来擁壁には不適当な素材であるので、建築基準法上はあくまでも擁壁ではなく、“塀”として扱われる。土留めとして利用する場合は、建築基準法に依るのではなく、より厳しい日本建築学会の基準をクリアすることが(現場では)望ましいとされ、コンクリート布基礎、配筋、補強建築ブロックの空洞部をコンクリートで埋める、2段積み(3段積みまで許可している自治体も在る)≒40cmまでとするなどの、壁式構造設計基準に沿って施工し、且つその土地に建てる建築物の荷重が土留めブロックに伝わらない配置にしなければならないとしている。

注1
建築基準法の規定に適合する建築ブロック造りの堀で、土地の高低差が1m以下であり、建築物の荷重が伝わらない配置(土地の高低差以上)にした場合は支障がないものとされている。また、間知ブロックやL型擁壁等の上に築造する建築ブロック擁壁は、2段(40cm)までについて可能としている。

2.設置目的が急傾斜地や山の斜面の崩落を防止する場合
ここまでも頻繁に使ってきた“土留め”という語句。読んで字のごとし、「土砂などの崩落を留める」ことであるが、建築土木用語としての土留めとは、正にその工事を指す言葉で、「崖や法面(人工的に造られた傾斜面)の崩壊を防ぐ土木工事」そのものを言う。この崖や斜面に施工する擁壁については、コンクリート擁壁、規格適合コンクリートブロック(前述の建築ブロックではない)積擁壁、補強盛土擁壁、土圧軽減擁壁、砂防用ブロック擁壁、アンカー式切土補強擁壁などがある。
大規模な土留めが必要な斜面地や河川の土手、道路の側壁や砂防ダムの堤防など、所謂公共工事の一環として施工される擁壁をイメージすると分かりやすい。

(もたれ式擁壁の補修工事の様子)

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【壁に加わる“力”の単位・Nを理解する】

擁壁は当然、それに加わる土圧、水圧、自重などによって崩壊(転倒)したり、基礎が滑ったり(滑動)しない構造としなければならず、設置場所や擁壁の規模によって求められる仕様と強度は異なって来る。また、実際の施工現場においては、風圧や静水圧、地震時の土圧と慣性圧、積雪なども含めた荷重も考慮して設計時に構造計算を行うのだそうだ。擁壁の施工単価が1㎡あたり数十万円から数百万円掛かることもあるというのも納得せざるを得ないほど、複雑で高度な技術力が要求される工事なのだ。

擁壁に加わる“力”を計算するには、単に対象となる土の重量だけを念頭に置けば良いというわけではない。様々な圧力を検討する必要があることは書いたとおり。圧力は外的要因と思いがちだが、忘れてはならない。ここは地球なのである。地球上での話をするのに“重力”抜きで考えることは無意味だ。それはもう“仏作って魂入れず”を地で行くようなものだ。
重さと重力の関係は、中学校の理科レベルで学習したように記憶しているが、その中身は残念ながら、「記憶にございません(涙)」。しかし、擁壁の構造計算を行う場合、加わる力の単位は“N(ニュートン)”で表すのが殆どだから、秋の夜長の暇つぶしと頭の体操の一石二鳥を目論んで、遠い昔に習ったはずの物理入門編を紐解いてみた。

地球上の質量を持つ全ての物体に対し、地球の中心に向かって引っ張る力を引力という(うんうん。そうだったな)。万有引力という言い方は、その状態を表している(全ての物体は互いに引き合う)概念だ。そして、地球という天体は、24時間を掛けて一回転(自転)しながら、約365日で太陽を周回している(公転)。この時、地球上の物体は引力(向心力)とは逆方向の力、すなわち外側から引っ張られるような力(遠心力)を受けているはずなのだが、我々にはそういう実感は無い。それは、引力と遠心力が均等(正確にはほぼ均等)で、釣り合っているということだ。そして、重力とは、地球の引力とこの遠心力の和(合わさった力≒合力)であり、厳密には引力より若干小さい。

地球上の物体に掛かる“重力”がなんとなく理解できたところで、擁壁の強度を計算するには、土の重さとは何かを考える必要がある。
質量と重さは同意語と扱われることも一般的だが、実際は異なる。質量とは、「物体が持つ固有の値」であり、それに対して重さとは、「万有引力による力の大きさ」を表している。従って、擁壁に掛かる土の重さを計算するというのは、単に土の持つ固有の質量を量るということではない、ということが分かる(なるほど。。)。
ここでようやく、構造計算に用いる応力度の単位がNである理由に辿り着いた注2。

注2
“重さ≒力”を数値化するためには重力加速度を計算に加えなければ導き出せない。速度は“時間当たりの物体の位置の変化の量”であって、“速さ”の概念とは別物である。因みに、速さは速度の大きさだけを抜き取った概念で、位置の変化量は含まない。そして加速度とは、単位時間当たりの速度の変化量(1秒間でどれだけ速度が変化したか)のことである。
例として、物体の落下運動のように、地球上で重力の影響を受けるときの加速度(重力加速度)は常に一定であるから、地球上の重力加速度は(g=9.80665m/s^2)で標準化されている。

N(ニュートン)は、国際単位系(SI)における力の単位で、1ニュートンは、1 kgの質量を持つ物体に1 m/s^2の加速度を生じさせる力であると定義された。1Nは、地球上で100gの物体に働く重力にほぼ等しいので、1kgの物体に掛かる重力は?というと、g=9.8m/s^2だから、9.8N≒約10Nである。

(450年前の駿府城石垣遺構)

【擁壁の適否で土地の価値は決まる!?】

擁壁を築造する場合、設計及び構造計算を行う際に用いる安全基準に関する数値や係数が示されており、擁壁形状、擁壁躯体の自重、地表面載荷荷重、土圧、転倒、滑動、支持力などをそれぞれ計算し(安定計算という)、安全性を担保しなければならない。また、地方自治体の「がけ条例」に基づいて、安全対策上の許可基準を
① 都市計画法の許可
② 宅地造成規制法の許可
③ 建築確認申請の許可(法88条による準用工作物に該当する擁壁)
のいずれかに求めている特定行政庁が殆どだという。つまり、この許可を得ていない擁壁は安全性が証明できていないと考えるべきで、近年の擁壁崩落事故等の多発を受け、行政側も安全性に対する調査確認を厳格化してきており、安全性を証明できない擁壁の存する土地に対しては、建築確認などが下りない可能性もかなり高くなってきていることに注意が必要だ。

外見上は問題無いように見える既存の擁壁でも、許可基準に照らしてその安全性が確認出来ない、なんてことが後になって判った!というようなことになると、土地購入代金より擁壁のやり直し費用の方が高額!?ってことにもなりかねない。土地取得にはくれぐれもご用心を。

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この記事を書いた人

第一住建株式会社 代表取締役社長/宅地建物取引士(公益財団法人不動産流通推進センター認定宅建マイスター)/公益社団法人不動産保証協会理事

大学卒業後、大手不動産会社勤務。営業として年間売上高230億円のトップセールスを記録。1991年第一住建株式会社を設立し代表取締役に就任。1997年から我が国不動産流通システムの根幹を成す指定流通機構(レインズ)のシステム構築や不動産業の高度情報化に関する事業を担当。また、所属協会の国際交流部門の担当として、全米リアルター協会(NAR)や中華民国不動産商業同業公会全国聯合会をはじめ、各国の不動産関連団体との渉外責任者を歴任。国土交通省不動産総合データベース構築検討委員会委員、神戸市空家等対策計画作成協議会委員、神戸市空家活用中古住宅市場活性化プロジェクトメンバー、神戸市すまいまちづくり公社空家空地専門相談員、宅地建物取引士法定講習認定講師、不動産保証協会法定研修会講師の他、民間企業からの不動産情報関連における講演依頼も多数手がけている。2017年兵庫県知事まちづくり功労表彰、2018年国土交通大臣表彰受賞・2020年秋の黄綬褒章受章。

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