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空間と心のディペンデンシー

夫婦の危機は簡単に訪れ、ちょっとしたことで去っていく(2/2ページ)

遠山 高史遠山 高史

2019/10/02

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外での仕事は思いのほか楽しく、友人も増えた。さらに、彼女の美貌は40を超えて衰えを見せず、男性を引き付けるには十分すぎたから、ほどなくして職場の男性から食事に誘われるようになった。当然、家事はおろそかになった。同じ時期、働き方改革とやらで、夫側は週に2日ほど、在宅で仕事をするようになり、しぶしぶ夫が家事に手をつけることになったが、家庭の雰囲気は悪化した。ダイニングテーブルには、片付けられないままの新聞が積み上がり、花瓶は物置に追いやられた。

いよいよ最悪のことになるのではと思うようになったある日、仕事を終えて深夜、帰宅すると、夫が一人待っていて「ごめん」と言った。聞けば、飲みの席で、妻に逃げられた上司の愚痴を聞かされたという。ある時、彼の上司はよれよれのワイシャツで出社してしこたま部長に叱られたという。

部長は、何事も支えてくれる人間をないがしろにすれば、うまくいくわけがない。家庭でも職場でも、自分一人が努力していると思っていると人は離れてゆく、というような事を言ったそうだ。
どうやら夫の妻への見方を少し変える効果があったようだ。とにかく家では妻を立てないとうまくゆかないことも認識したようであった。ただ、まだ、「ごめん」といったとき、夫はそういう自分が心から妻に詫びていないことを感じていたかもしれない。妻からどうせクールな反応しか返らないだろうと思っていたかもしれない。

しかし、もともと素直な質の妻は、実に嬉しそうに微笑んだのだ。その微笑みが夫に、得難い気立ての良い妻であること再認識し、自らのおごりに気付かせることになったようであった。夫は照れくさそうに、しかし、今度は本心から小さい声で「ありがとう」と言って寝室に引っ込んだ。

以前より夫は協力的となった。そうさせたのは、彼女の美貌に勝る人柄であったようである。ダイニングテーブルには、また花が飾られるようになった。

後日、手作りの豪華な焼き菓子を件の上司にもっていったところ、うらやましそうに、君は幸せだねといったという。

 

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この記事を書いた人

精神科医

1946年、新潟県生まれ。千葉大学医学部卒業。精神医療の現場に立ち会う医師の経験をもと雑誌などで執筆活動を行っている。著書に『素朴に生きる人が残る』(大和書房)、『医者がすすめる不養生』(新潮社)などがある。

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