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122年ぶりの民法大改正 その基本とポイント

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日本ではじめて民法が制定されたのは、1896(明治26)年のこと。それから121年目の2017年5月、この民法が大改正された。改正では債権に関する規定が全面的に見直され、売買、賃借、委任、請負、保証人などの契約や損害賠償請求や解除など、取り引きの実務に影響が大きいといわれている。なぜ、いま民法改正なのか。

「外からくるプレッシャーからやらざるを得なくなったということでしょう」

こう話すのは不動産実務に詳しい弁護士の吉田修平さんだ。そのうえで吉田弁護士はこう説明する。

「グローバル化が進み、世界的にも物事が瞬時に動くようになりました。結果、売買のルールも国際化、グローバル化せざるを得なくなっています。しかしながら、わが国の売買契約のルールは世界の標準とはズレてきてしまった。そこで売買のルールを世界標準に合わせようとしたのが今回の民法改正で、それと合わせて賃貸借のルールについても同時に行われました」

明治期につくられた日本の民法は、先に規範としての概念(条文)があり、それに起こった現象を当てはめていく大陸法(シビル・ロー)が元になっていた。しかし、世界の民法のスタンダードはイギリス、米国の経済力が強くなるにつれ実際に起こったことや事象を評価・判断していく判例を法体系の中心にした英米法(コモン・ロー)になっていった。加えて、グローバル化が進んだことで、大陸法を元にした日本の民法では対応が難しくなりつつあった。つまり、「大陸法から英米法」というのが、今回の民法大改正なのである。

その典型的な例が、日本での取り引き契約でしばしば見られる「瑕疵担保責任」というものだ。吉田弁護士はこう話す。

「これまでの日本の法律では家や不動産は1つ1つそれぞれがこの世に1つしかない“特定物”としていました。そのため売買が成立した段階で『債務は履行された』とされました。しかし、それではあとになってわかった雨漏りなどの瑕疵がそのままではかわいそうだということで、その救済が瑕疵担保責任というルールでした。しかし、その家や不動産に何か問題があって使えない、使用するのに著しく不備があれば、それは債務不履行だというのがいまの世界的な考え方になっています。そこで重要になるのが『何が目的か』ということです。たとえば、買った物件が歴史的建造物で住むためのものではなく、その建物を残すことを目的に購入したのであれば、電気、ガス、上下水道が通ってなくても問題はありません。しかし、その家に住むとなれば、ライフラインは必要不可欠になる——このように契約の際の意思が重要視されるようになりました。そのため契約の内容もこと細かに決めなくてはなりません。よく米国では契約書が分厚いファイルになるといわれますが、これは売買の目的は何か、設備はどうかなどさまざまなことを想定し事細かなことまで取り決めをしているためです。日本ではこれまでは売買契約書は一枚でよかったけれど、今後は、克明な契約書が必要になってきます。なかでも賃貸の場合は、長く住むわけですから、契約の目的や設備について丁寧に書くことが求められるようになるのではないかと思っています」

敷金、原状回復、保証人 見逃せないポイント

では、民法改正で賃貸契約はどのようになるのだろうか。そのポイントを見ていこう。

「これまで敷金は判例によって判断されていましたが、条文内に『いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭』と定義されたことです。つまり礼金、保証金、権利金、建設協力金など名目がどんなものでも、賃貸借契約に関して債務不履行を担保するために預けたお金はすべて敷金ということになりました。また、敷金を払い戻すルールも建物を明け渡して、すべて終わってから返金するものと明確になりました」(吉田弁護士)

【改正民法第622条 2】
1 賃貸人は、敷金(いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう。以下この条において同じ。)を受け取っている場合において,次に掲げるときは、賃借人に対し,その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務の額を控除した残額を返還しなければならない。
 一 賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき。
 二 賃借人のが適法に賃借権を譲り渡したとき。
2 賃貸人は、賃借人が賃貸借に基づいて生じた金銭の給付を目的とする債務を履行しないときは、敷金をその債務の弁済に充てることができる。この場合において、賃借人は、賃貸人に対し、敷金をその債務の弁済に充てることを請求することができない。

もう1つ、引っ越しの際に賃借人と賃貸人の間でトラブルになりがちなものが、原状回復をめぐるものだ。しかし、この民法改正によってこの部分についても明確にされた。

「原状回復の条文としては『通常の使用及び収益によって生じた賃貸物の損耗並びに賃貸物の経年変化を除く』としたうえで、『賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う』と“賃借人の義務”と書かれました。また、トラブルになりがちな畳の劣化、ふすまや障子などの日焼けなど経年変化については、大家さんがやるべきもので原状回復の対象外。一方、たばこの焼け焦げやペット禁止なのにペットによる傷などは原状回復の対象となることが明らかになりました」

【改正民法第621条】
賃借人は賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。


これら2つについては、これまで判例をもとに判断されてきたが条文化されたことで「疑問を挟む余地がなくなり、貸す方も借りる方もわかりやすくなった」(吉田弁護士)という。賃貸借関係については、これまでに出された判例を条文化して新設されたものが多い。そのため実際の現場では大きな変化があって混乱が起きる心配はなさそうだ。しかし、細かな部分に注意を払う必要はあると吉田弁護士はこう話す。

「1つは修繕権です。家主は家賃をもらっているわけですから、きちんと住めるように賃貸人は家を修繕する義務があります。たとえば、雨漏りしているから修理を頼まれたら、それを直さなくてはなりません。もちろん、修繕が賃貸人の義務だということはこれまでもわかっていました。しかし、戦後は正当事由制度によって期間が満了しても建物が戻ってこないということが起こりました。しかも、お金をかけて修繕をしても、家賃は上げられず、きれいに立派にすればするほどさらに家が戻って来ないということになりました。そのため新しく建て替えたり、効率のよいマンションにしたいと思ってもなかなかできない。そのためなかには修繕を求められても、何もしない賃貸人もいました。そこで今回の民法改正では、賃貸人に修繕を頼んでもやってもらえない場合、無条件ではありませんが賃借人が修繕をしてもよいという『修繕権』を認めています」

【改正民法第607条 2】
賃借物の修繕が必要である場合において、次に掲げるときは、賃借人は、その修繕をすることができる。
 一 賃借人が賃貸人に修繕が必要である旨を通知し、又は賃貸人がその旨を知ったにもかかわらず、賃貸人が相当の期間内に必要な修繕をしないとき。
 二 急迫の事情があるとき。


新設された修繕権だが、この解釈をめぐって賃貸人、賃借人の間でのトラブルの原因になる可能性もあると吉田弁護士はこう話す。

「修繕権があると賃借人が『修理できる権利がある』と自分でどんどんと直してしまったり、これまで木の枠だった窓をアルミサッシにするといった高価な建材を使うといったことが出てくる可能性もあります。一方、賃貸人の修繕の義務はなくなったわけではないので修繕の必要性、範囲と規模をめぐっての賃貸人、賃借人間で修繕費の払う支払いをめぐるトラブルが起きてくる可能性があります」

そこでこれを事前に防ぐための方法について次のように話す。

「修繕の規定は、任意法規といって、特約が優先するものなので、修繕については電球やガラス窓が割れたときの交換や、ふすまや障子の張替えといった小修繕に限定する特約をもうけるなどの必要が出てくると思います」


 
また、「修繕権と同様に『使用収益』についても賃借人保護の観点が加えられました。建物の一部の滅失についてもこれまで専有面積の40%が使えなくなるなど目に見えるかたちでの滅失に限り、家賃も40%減額請求できるとされていた。これに加え改正民法では目には見えない数値化できないエアコン、上下水道、電気・ガスなどが使えなくなった場合でも減額されるようになった。

たとえば、エアコンが1週間使えなかったら、いくらの使用収益の不能になるのかの判断は難しい。そこでエアコン、上下水道、電気・ガスなどそれぞれ具体的事例の免責期間や金額の明細をあらかじめ決め、特約にしておく必要があります」

【改正民法第611条】
1 賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、減額される。
2 賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達することができないときは、賃借人は、契約の解除をすることができる。


そして、この民法改正で忘れてならないのが保証、保証人についての部分だ。吉田弁護士はこう話す。

「民法改正では『保証の極度額』というのが決められ、この部分は賃貸人にとっても、賃借人にとっても重要な改正だと思います。というのも、これまでも賃貸住宅の保証人は未払い家賃の保証はもとより、賃借人が原因となった火事などすべてについて保証を負っていましたが、その金額は見えなくなっていました。しかし、改正民法では極度額を設定しなくてはならなくなったため、具体的な保証金額が見えるようになります。そうなるとこれまでは未払い家賃程度の保証だろうと思っていた人やそれほど深く考えないで保証人を引き受けていた人も、いくらまで保証できるのか、いくらまで保証してほしいと数千万円、数百万円とその金額が明確になれば、そんなに保証できないと、保証人になることを躊躇する人が出てくる可能性もあります。そのため保証会社を使うということが多くなるかもしれません」


【改正民法第448条 2】
2 主たる債務の目的又は態様が保証契約の締結後に加重されたときであっても、保証人の負担は加重されない。

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賃貸オーナーとしてのこころ構え


吉田修平弁護士

このようにこれまではっきりとしなかったことが条文化され明確化された民法の改正。そこで賃貸住宅オーナーとしてどのような心構えが必要なのだろうか。

「いままでの賃貸住宅のオーナーさんには不動産業者や管理会社に任せっきりという人も多かったと思います。信頼できる業者や会社であればそれでもいいでしょう。しかし、その頼んだ業者や会社がほかに委託するということもあり、やはり、自分自身で契約書を確認し、その内容を理解することは重要です。そのためには法律的な内容や実際の契約書の作成やチェックは弁護士、建物や土地の詳細については建築士や不動産鑑定士といった専門家が必要で、それらも業者任せでよいのかなと思います。これからは面倒がらずに何かあったときに相談できるチームを持っておくほうがよいと思います」(吉田弁護士)

また、法体系が英米化するなかで、吉田弁護士は新しい賃貸借のかたちも出てくるのではないかとこう話す。

「なんでも欧米がよいというわけではありませんが、米国の賃貸借をみると、向こうではスケルトン貸しのスケルトン返しで、内装の所有権は賃借人というものもあります。たとえば、米国では転借権の承諾付きの定期賃貸の契約もあって、本人が住まなければその人が他の人に定借で貸すということもあります。そうなればオーナーさんはその間は空室のリスクの心配はなく、最初の賃借人も内装の工事費の回収ができるわけです。今回の民法改正では日本でもいろいろな契約形態の賃貸住宅が出てくるようになってくるのかもしれません」

改正民法は一部の規定を除き、20年4月1日から施行される。

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