"メンタルの強さ"は人を幸せにするのか?
南村 忠敬
2022/03/17
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北京で行われていた第24回冬季オリンピックが閉幕した。
中国での開催とあって、開幕前から政治的局面を感じさせる参加各国政府の対応をよそに、いくつもの感動を与えてくれた選手たちに先ずは感謝の意を表したい。
そんななかでも、観衆の心を痛めたシーンも多く、とりわけ話題となったのは、やはり女子フィギュアスケートのロシア(Russia Olympic Committeeオリンピック委員会)代表、カミラ・ワリエワ(15)選手だろう。
昨年12月に発覚したドーピング事件の結果、陽性反応が出たにも拘らず競技への出場が認められたが、最終順位は4位に終わった。フリーでの彼女の演技には、痛々しささえも感じられ、若干15歳という年齢も相まって何とも言えない後味の悪さを残した。
日本選手では、スノーボード男子ハーフパイプに出場した平野歩夢選手が、金メダルを獲得したものの、決勝での採点に世界中がブーイングを発するなど、ほかの競技においても、採点に関する不満の声が多く聞かれたのもこの大会の特徴だった。
極めつけは日本女子ジャンプ界のエース、高梨沙羅選手の混合団体。なんとスーツの規定違反による失格!? これはもう、「何故???」としか言いようのない、高梨本人以上に日本中、いや他国のジャンパーたちにも驚きと動揺を禁じ得なかった。
そんな悲劇のヒロイン、高梨選手について、あくまでも拙者個人の勝手極まりない感想を綴ることをご容赦いただきたい。
我らが“沙羅ちゃん”は、2014年ソチ大会では4位、2018年平昌大会では3位で銅メダルを獲得し、それなりの存在感は示したのであるが、彼女にはソチでも平昌でも金メダルを獲れる実力は十分に備わっていたはずだ、というのが拙者の見立てである。勿論根拠はそれまでに幾度となく優勝を飾っていたW杯での圧倒的な戦績が物語っている。
であるのに、何故かオリンピックでは勝てない。拙者、実は自身のブログにソチ大会後、高梨選手のメンタルについて私見を述べた過去がある。だから、三度目の正直となるはずの今回、北京の空に日の丸がてっぺんにはためくことをとても期待していた。
しかし、個人ノーマルヒルは4位に終わり、拙者の期待は夢と消えた。そこで改めて高梨選手のメンタルについて考えてみた。
いずれも高梨選手の競技終了後に、テレビ局のインタビューや選手自身のコメントで語った彼女の言葉から。
ソチでは、「このオリンピックで初めてプレッシャーの恐ろしさを感じました。今までは(過去の大会・W杯や日本選手権など)プレッシャーを掛けられるたび、期待を力に変えることができた」と。4年後、平昌においては、「やはりまだ自分は金メダルをとる器ではないと分かりました……」と答えていた。
そして北京。個人ノーマルヒル終了直後、「いろんな感情が自分の中で混沌としていて言葉にするのが難しい状態ではありますが、一つ言えることがあるとすると、この4年間で、いろんな方たちに支えていただいたおかげでジャンプすることができていたのですが、、結果を出せず申し訳ない気持ちでいっぱいです。恩返しできなかった自分がただただ悔しい」と涙を滲ませて言葉を絞った。
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高梨選手は若干15歳から国際大会に出場。常に競技ができることへの感謝を、「周りの人たちのお陰」であると言い続けてきた。その謙虚さと風貌は多くの日本人の心を惹きつけたのも当然だろう。
しかし、拙者はその奥ゆかしさ故に過剰なまでの期待を背負う心理状態が、特に注目度の高いオリンピックという最高の舞台で真の実力が発揮できないという「結果」に、はっきりとした因果関係を見るのである。
その証拠に、これまでも繰り返されてきたことではあるが、北京オリンピック終了直後の3月2日、通常なら心の傷を癒しきれない最悪の状態で出場したノルディックスキー・ワールドカップのジャンプ女子個人第14戦において、高梨選手は1本目で130m、2本目で132mを飛んで、今シーズン2勝目、W杯通算62勝目を挙げた。
そのインタビューで、「久しぶりに飛べて、純粋に楽しいという気持ちで試合に臨めた。自分の力ではなく、周りの人の力で勝ち取れた。オリンピックの後ということもあり、今までの中で一番うれしい優勝になった。(共同通信)」と答えている。
優勝したから当たり前の言葉と思われるかも知れないが、重要なことは、「純粋に楽しい」気持ちで飛んだという、彼女の本音、安堵の心境の下で発揮する実力である。
大舞台に弱い…克服の鍵は自己分析
ソチオリンピック前までに高梨選手が国際大会(W杯)挙げた戦績は、日本男女を通じて歴代最多勝利記録保持者で、世界でもシーズン最多勝利(2013/2014は13戦10勝、通算19勝)。平昌オリンピック直前にはW杯通算53勝(世界歴代最多勝利に並ぶ)、そして、今回の北京までには通算61勝で世界記録は更新中という、並外れた次元のアスリートだということは疑う余地もない。
その高梨選手にオリンピアの女神ニーケ(ギリシャ神話・オリュンポス十二神の一人で勝利の女神)は一度も微笑むことはなかったのは何故だろう。それは、やはりプレッシャー(≒ストレス)が最大の原因であると思う。
何のプレッシャーか?
数多くの国際大会においても、出場する選手は皆、胸に「日の丸」を縫い付けて競技する。日の丸を背負う大会での個々の心情は同じだと言う。ならば何が違うのか? オリンピックとW杯のどこに違いがあるのか。
それは、見る側、つまり我々国民の期待と注目度の差であろう。それほどオリンピック大会は日本人にとって特別のものであると思うからだ。
それまでの個々の実力からすれば、表彰台に上ることは約束されたも同然のスター選手が、ここぞという時に力を出せない現実を何度となく見せられてきた。その時、我々は打ちひしがれる選手の姿に心を砕き、同情や慰め、或いは非難や中傷を自由気ままに論評し、酒の肴に夜毎楽しむのが平和ボケ日本国の姿でもある。
しかし、選手本人の苦悩や重圧に触れることは関係者以外感じる術は無く、国家の威信を懸けて競技場へ向かう姿は、先の大戦まで多くの兵士たちが戦場へ送り出される——それと完全に重なって、悲壮な感覚すら漂わせている。
“どんな困難な状況にも負けずに障害を乗り越えようとする人”と聞けば、さぞやポジティブシンキングの持ち主であろうとか、持ち前の明るい性格や我慢強さという「個人の特性」に大きく左右されると考えられがちである。
無論全くの間違いだとは言わないが、心理学の分野では、個人の持って生まれた性格という分類の仕方は行わず、そのポジティブシンキングや我慢強さはどのような過程で備わるのか、という「過程」に焦点を当てて分析し、検証する。
“人の性格は一生涯変わらない”というのが心理学上の仮説であったが、1968年にウォルター・ミッシェル(スタンフォード大学心理学者)は、著書『Personality&Assessment』において、「人の性格は生涯変わらない特性として捉えられ、状況に応じて変化しない一貫性を有するものである」という、これまでの仮説を根底から見直さなければならないと主張した。
これによって「性格を重視するパーソナリティ心理学」と、「状況を重視する社会心理学」との議論が起こり、性格と状況の「相互作用」が行動を最も適切に説明するものであると導き出された。
この「性格か、状況か」という議論に対する答えとして、マーク・スナイダ―(ミネソタ大学社会人類学研究所の社会科学者)が開発したのが、セルフモニタリングスコア(SMS:初期18項目、その後25項目に整理される)で、スコアが高い人は「状況」に、低い人は「性格」に大きく影響されることが実証されている。このSMSは、各項目の問いに〇×で答え、予め用意されている〇×に自分の答えを重ね合わせて符合する数によってスコアの高低を見るというものだ。18項目テストなら、最高値が18で、最低値は0であり、中間値が9ということだから、9より上の結果が出ればスコアが高い、下なら低いとなるが、高低は性格の善し悪しの判断基準ではなく、「状況判断型」か「性格型」かの偏りを見る尺度である(興味ある方は検索すればすぐに見つかりますので、どうぞお試しを)。
セルフモニタリングで自分に勝つ!
高梨選手が出場した3つのオリンピックで、試合直後のコメントを改めて思い出してみれば、試合に負けた精神的ショックが冷めやらぬ状況下にもかかわらず、いずれも仲間や恩人、周囲への感謝と謝罪を繰り返している。そのモチベーションは何処から生まれてくるのか。
SMS(セルフモニタリングスコア)の高い人の特徴として、社会や他者との融合、他人への気遣いによる人間関係の円滑化を望む。低い人は、行動に一貫性を持ち、信念に基づき行動するため、優柔不断なところは少なく実直であると言える。
これらの特性は、人生や社会生活において、吉と出たり、凶と出たりすることがあり、いずれも万能ではない。当たり前のことではあるが、人生観は人それぞれに違うし、幸福感も違う。前述してきたように、それが即、善し悪しに反映されるのは、その時々の場面によってということであり、スコアの高低が人間の価値の高低を決めるわけでもなく、個人の幸福度を左右するものでもない。
スコアの高い人は、場の空気に敏感であり、その場に相応しい行動が採れるかどうかを重要視する。一方、低い人は、場の空気よりも自分の信念に正直に行動する傾向が強いと言えるので、例えば一般社会という集団生活の中では、高い人の方が組織では出世し易く、管理職として高い評価を得ている割合が高いことも知られている。
これを違う視点で追った場合に、見えてくる「ずる賢さ」や「要領」は、スコアの低い同僚の「誠実さ」「真面目さ」との比較で、組織内では有利であるということが裏付けられる。
では、恋愛関係の場で捉えた場合はどうか。高い人の振る舞いは「八方美人的」であるが、低い人の方は「一途」と感じられ、結実する可能性はスコアの低い人が高くなる。
セルフモニタリングの有効な活用は、自身の人生において、さまざまな困難に直面したとき、自分の性格・性質、特性がその状況に対応できず、「こういう風に物事を捉えることができたら」とか、「自分の性格の悪い部分が影響したな」と悩み、自分を変えたいと思ったときの自己分析法としてである。
自身のスコア評価と、項目の〇×一覧で合致しない項目を確認し、直面している問題に影響を与えていると思われる項目に関して、合致するための自己改革(self-reformation)が自分を変える、自分に勝つことにつながるかもしれない。
女子ジャンプを取り巻く環境は変わってきており、当然世界のレベルはどんどん上がってきている。“圧倒的”という言葉が高梨選手に当てはまらなくなっているのも事実だが、拙者は思う。
「私はもう出る幕ではないのかな……」なんて言ってる場合か! 貴女はまだやれる!
それが証拠に、北京オリンピック後のW杯第14戦リレハンメル(日本時間3月2日)と同第17戦オスロ(日本時間3月7日)ではいずれも優勝を果たし、表彰台のてっぺんで微笑んだではないか。技術的なこともあるかも知れないが、彼女にとって最も必要なものは、もうお分かりだろう、誰かのためにではなく、“自分のためだけに飛ぶ”ことだ。
2026年イタリアミラノ/コルティナ・ダンペッツオ冬季オリンピックで、金メダルがほしければ……。
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この記事を書いた人
第一住建株式会社 代表取締役社長/宅地建物取引士(公益財団法人不動産流通推進センター認定宅建マイスター)/公益社団法人不動産保証協会理事
大学卒業後、大手不動産会社勤務。営業として年間売上高230億円のトップセールスを記録。1991年第一住建株式会社を設立し代表取締役に就任。1997年から我が国不動産流通システムの根幹を成す指定流通機構(レインズ)のシステム構築や不動産業の高度情報化に関する事業を担当。また、所属協会の国際交流部門の担当として、全米リアルター協会(NAR)や中華民国不動産商業同業公会全国聯合会をはじめ、各国の不動産関連団体との渉外責任者を歴任。国土交通省不動産総合データベース構築検討委員会委員、神戸市空家等対策計画作成協議会委員、神戸市空家活用中古住宅市場活性化プロジェクトメンバー、神戸市すまいまちづくり公社空家空地専門相談員、宅地建物取引士法定講習認定講師、不動産保証協会法定研修会講師の他、民間企業からの不動産情報関連における講演依頼も多数手がけている。2017年兵庫県知事まちづくり功労表彰、2018年国土交通大臣表彰受賞・2020年秋の黄綬褒章受章。