生活保護はほとんどの人が受けている 間違えたくない文明社会での「人を別ける」線引き(1/4ページ)
朝倉 継道
2021/09/18
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「運に左右される貧困」を目にすることが多い賃貸の現場
賃貸住宅の管理や仲介の現場を経験すると、その過程で人々の経済的貧困を目にすることが多い。
そうした境遇に個人が陥ってしまうことについて、理由は千差万別だ。本人の責任だ、政治だ、環境だ、などとても一概にいえるものではない。ただ、私の見た範囲に限ると、やはり心も含む病気や体のケガというものは貧困の要因として割合が大きい。なお、これらはもちろんのこと、本人が好んで招いたものではない。
加えて、そこに重なっての「運」もある。
例えば、一人の人間が予期せぬ経済的窮地に至った際、家族や親族がそれを助けうる状態にあるか否かの微妙な差によって、その後の本人の運命は、まさに天地ほどの開きを見せたりもする。
さて、この夏、たくさんの著書やインターネットでの発信で知られる有名な某「メンタリスト」氏が、ホームレスの人々や、生活保護受給者について、これを激しく罵り命の尊厳までをも否定するかのような発言をしたことで世間から大いに糾弾された。この記事では、そのことに絡んだ話として、ひとつの見方を示してみたい。
われわれはそのほとんどが生活保護を受けている?
まずは、件(くだん)のメンタリスト氏が「(彼らに)払うために(僕は)税金を納めているんじゃない」とした、生活保護受給者についてだ。
結論からいうと、私は、日本の国民はおそらくその大半が、実質として生活保護を受けているのではないかと思っている。なおかつ、国が先進国といわれるほどに内情整うほど、それが社会の基本的構造ともなっていくはずだ。
ただし、ここでいう生活保護とは、生活保護制度上の「生活保護」のみに限らない。それも含んだ「公(おおやけ)の共同体による個人の生活または生存への保護・援助」全体を指している。
この記事を書いた人
コミュニティみらい研究所 代表
小樽商業高校卒。国土交通省(旧運輸省)を経て、株式会社リクルート住宅情報事業部(現SUUMO)へ。在社中より執筆活動を開始。独立後、リクルート住宅総合研究所客員研究員など。2017年まで自ら宅建業も経営。戦前築のアパートの住み込み管理人の息子として育った。「賃貸住宅に暮らす人の幸せを増やすことは、国全体の幸福につながる」と信じている。令和改元を期に、憧れの街だった埼玉県川越市に転居。