大阪で住宅3棟が崩壊 「危険な擁壁」は望まなくても手に入ってしまうケースが
朝倉 継道
2021/08/09
国土交通省「我が家の擁壁チェックシート(案)」 撮影/編集部
住宅計3棟が崖下へ落下 バラバラに
6月25日、ショッキングな映像が大阪市西成区から全国に発信された。
住宅地を支えていた擁壁が崩落し、隣り合う2棟の家が崖下に向かい、相次いで倒れた。いずれもバラバラの木っ端微塵となった。異変を察知した住人が事前に逃げるなどしていたため、倒れた住宅から死者や怪我人は出なかった。
住宅が落下した先でも、当該箇所が工事中だったため、人的被害はなかった。不幸中の幸いが重なったといえる事故だった。その後、7月6日になって、隣接するもう1棟の住宅も、きわめて危険な状態にあるため撤去された。ワイヤーロープを結ばれ引き倒されるという、なんとも悲しい最期を遂げている。
古い擁壁の裏込め土が流出か
原因については、現在、さまざまな見方が示されている。
最初の1棟が倒壊した際の映像を見ると、すでに擁壁は広範囲にわたって崩れ、裏側の土も大量に流出している。どうやら「裏込め土」が失われた状態だったようだ。
裏込め土とは、今回崩れた擁壁のような「空石積み」と呼ばれるものにあっては、石垣の裏側に盛り土されたかたちで詰まっている土をいう。
例えば、こんな状況だ。
1. 崖となっている元々の地盤の上面、および崖の面に盛り土する
2. そのうえで、上面を均し、土地を広くする
3. 崖は、盛り土した分少し延長されたかたちとなる。そこを擁壁で外側から押さえ込む
断面図的には、本来の崖と擁壁との間に土が充填された様子ともなるわけだ。
加えて、ありがちなことだが、今回倒れた住宅は、おそらく基礎面の多くをこの“崖延長”部分にのせていたことだろう。すると、こうした条件のもと、裏込め土が何らかの理由で減ったり、なくなったりしたらどうなるか?
空石積みの場合、石は互いに接着・固定されておらず、単に積み重なっているだけだ。そのため、擁壁は裏側が空洞化することで支えを失い、容易に崩れてしまうことになる。と、同時に裏込め土の上にのっていた住宅の方も、当然足場を失うことになる。傾いたり、沈下したり、最悪、倒れたりといった結果になるわけだ。
つまり、今回の映像からは、その様子がほぼ見てとれるかたちとなっている。そのうえで、この西成の現場の裏込め土を流出させたであろう原因については、現在、いくつかの見方が出てきている。
それら各々については、関係者間で対立もありそうなのでここでは紹介を省くが、基本的には裏込め土の流出というのは、主に水によって起こる。 何らかの理由による地下水位の上昇、あるいは雨水や漏水の侵入、滞留などが原因で、土が緩み、流動化するかたちだ。
ともあれ、今回の現場で実際のところ何が起きていたのかについては、詳しい調査ののち、行政からの発表がなされることになるだろう。
いまは基準に適わない空積み擁壁
ところで、この大阪・西成区で崩れた「空石積み」の擁壁だが、そもそもこれは擁壁としては現在の基準に適わない古いかたちのものだ。
現在、擁壁の基準については、宅地造成等規制法施行令によって、以下のように定められている。
「鉄筋コンクリート造、無筋コンクリート造または間知石(けんちいし)練積み造その他の練積み造のものとする」(第6条)。
なお、ここでは後ろの方に2度出てくる「練積み(ねりづみ)」という言葉に注目してほしい。
石や間知ブロックなど、本来バラバラの素材を積み上げて擁壁を造る際、コンクリートなどでそれらのすき間(目地)や裏面を固め、全体を一枚板のようにするやり方をこのようにいう。
そこでいうと、今回の西成の擁壁は練積みではなく空石積み=空積みだ。目地や裏面が固まっていない。
この空積み擁壁は、練積み擁壁と比べると、さきほども述べたとおり、背後に水の侵入を受けた際や、地震の揺れが加わった際などは基本的にもろい。加えて、建造するにあたっての技術的難度が高い点もリスクとなっている。
すなわち、高難度=施工に問題が生じる可能性も高いということで、これら色々の理由から、現在の宅地造成等規制法上ではこれが認められないかたちとなっているわけだ。
危ない擁壁の主な4種類
そんな空積み擁壁をはじめ、現在の基準に沿わない危ない擁壁は土地の起伏が多い地域などを中心に、実際、われわれの身のまわりにいくらでもある。
国土交通省が「我が家の擁壁チェックシート(案)」という一般向けのガイダンスの中で、その主な例4つを示している。挙げてみよう。
出典/国土交通省「我が家の擁壁チェックシート(案)」2P目。「危ない擁壁」に関しては国交省も専門家に相談することを勧めている
空石積み擁壁:さきほど説明したとおり。石ではないブロック積みなども加えた総称としては「空積み擁壁」となる。
増積み擁壁:擁壁の上にさらにブロック塀などを積み上げたもので、塀の裏側に土が入っている。
2段擁壁:擁壁が押さえている地盤の上に、さらに一歩奥に退くかたちで、次の擁壁が立ち上がっている。
張出し床板(しょうばん)付擁壁:擁壁の前に柱を立て、その上に鉄筋コンクリート造の床などを張り出させている。柱と擁壁にこれを支持させている。
ちなみに、「増積み擁壁」「2段擁壁」「張出し床板付擁壁」については、いずれも擁壁上の土地を少しでも広げたい意図をもって、かつて造られたものが多い。
しかしながら、いずれにおいても、擁壁や盛り土に想定以上の負担をかけたり、擁壁や崖全体の安定性を損ねたりしているケースが多い。加えて、これらは多くが施工後、期間を経ており、経年劣化が進んでいる場合が多いことにも、厳重な注意が必要だろう。
危ない擁壁は「不意に手に入る」
ところで、こうした危ない擁壁だが、たとえ生涯縁を持ちたくなくとも、不意に誰しもの手に入ってしまうことがある。どういうことか、想像できるだろうか?
答えは相続だ。
そう聞くと、両親、祖父母の住む家などを思い浮かべ、はっと気づく人も少なくないだろう。危険な擁壁は相続に伴い、たとえ望まなくとも手に入ってしまうことがある。
なおかつ、知っておきたいのは、そうした擁壁を含む土地を相続すると、その危険性がおよぼす責任もセットで相続するかたちになるということだ。
自らが所有する土地に存在する擁壁が引き起こした事故については、いわゆる民法上の工作物責任が所有者に生じる可能性が高い(民法第717条)。
例えば、宅地内にある擁壁が老朽化して崩れ、真下に建つ家を破壊したり、そこに暮らす人を死傷させたりした場合、宅地の所有者にはそれらの損害を賠償する責任が少なくない確率で生じてくる。
なおかつ、この責任は過失の有無に関わらず問われる「無過失責任」だ(通常そう解釈されている)。「危険の存在を私は知りませんでした」では済まされない状況ともなっているわけだ。
つまりは、大規模な自然災害に巻き込まれる中で擁壁が崩れたなど、不可抗力が認められるケースを除いては、そう簡単に免責してはもらえない、重い立場に所有者は立たされることになっている。
これらのような例を含め、危ない擁壁をこれから子どもに相続させる親、相続する子は、忘れてはならない課題として、このことを受け止めておくべきだろう。
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この記事を書いた人
コミュニティみらい研究所 代表
小樽商業高校卒。国土交通省(旧運輸省)を経て、株式会社リクルート住宅情報事業部(現SUUMO)へ。在社中より執筆活動を開始。独立後、リクルート住宅総合研究所客員研究員など。2017年まで自ら宅建業も経営。戦前築のアパートの住み込み管理人の息子として育った。「賃貸住宅に暮らす人の幸せを増やすことは、国全体の幸福につながる」と信じている。令和改元を期に、憧れの街だった埼玉県川越市に転居。