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〜この国の明日に想いを馳せる不動産屋のエセー〜

不動産「AI価格査定」という宣伝文句の裏側にあるもの

南村 忠敬南村 忠敬

2021/06/16

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イメージ/©︎Galina Peshkova・123RF

AI価格査定の研究とシステム化の実現可能性を検証

最近になって雑誌記者の菊田千春さんがWebに投稿された「新型コロナウイルスと戦うAI技術」という記事に触れる機会があった。昨年初頭の第一次感染拡大期において、AI関連企業が先を争って開発した23事例の紹介記事だ。

それによれば、大型クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」号が横浜港に入った翌日の2月4日、先陣を切ってコロナウイルス情報の無償提供ツールをリリースしたのがビースポークの訪日外国人向けチャットボット「Bebot(ビーボット)」で、それを起点に、厚生労働省がLINEを使ったコロナ感染情報公式アカウントを開設したり、ギブリーが企業向けにコロナ関連の問い合わせテンプレート「PEP」を、hachidoriが自治体向けにチャットボットの提供を始めたそうだ。

そして、AIが得意とする画像認識機能と体温測定を併せた「顔認証・体温検知入館システム」や、休校が相次ぐ教育現場でのAI教材、国民の行動パターンを分析して“三密”回避を誘導する感染状況監視システムなど、あれから1年を経過した今では、それらAI絡みの多様なシステムツールが日常的になった。

“AI”と言えば、“人工知能”と訳されるが、人間の知能≒脳の機能は、AIに取って代わられるほど単純なものではない。しかしながら、機械を使った演算という作業だけに特化すれば、これはもう人間一人の脳ミソではどうにもならない。カシオ電卓にさえ人間は及ばないのだ。

ところで、日本には、レインズ(REINS)と呼ばれる不動産屋しか見ることのできない我が国最大の物件情報データベースが存在する!なんて言うと、ミステリアスな都市伝説みたいだが、レインズは国土交通省が認可した指定流通機構が保有するれっきとした不動産情報登録・検索システムで、「Real Estate Information Network System」の頭文字をとった略称で呼ばれ、親しまれている。


我が国の指定流通機構 図版提供/公社近畿圏不動産流通機構

指定流通機構は現在、東日本、中部、近畿、西日本の4ブロックに分かれ、それぞれが独立した法人として運営されている。拙者はそのうちの「公益社団法人近畿圏不動産流通機構」所属の副会長を務めている。

その近畿レインズで、2017年秋ごろからAI活用による不動産情報の透明性の実現をテーマに、AI価格査定の研究とシステム化の実現可能性を検証した時のお話(前置き長!!)。

不動産価格は需給で決まる? そんな単純明快なものではない

読者の皆さんは、不動産の価格というものがどのように決定されるのか、ご存じだろうか。プロの不動産屋でも、論理的に価格形成におけるプロセスを説明できるエージェントは少数だろう。

断っておくが、“価格は需給関係で決まる”なんて単純明快にはいかない。

だって、実際に売買される最終価格の基になっているのが売り出し価格であり、それがあるからセラーとバイヤー間で交渉が始まるのであり、最終価格は本題とは関係ないのである。

すなわち、価格査定とは、売り出し価格の信憑性を問われる作業であって、これができない不動産屋は絶対に信用してはならない。

で、今現在不動産屋の査定と言えば、結論的には「取引事例比較法」ということになり、近傍類似の物件の最終価格を基に、個別の重みづけ(特徴や長短所などを評価)を行って、最終的には鉛筆を舐め舐めして決めるのである(いや、うちは公財不動産流通推進センター監修の価格査定マニュアルや独自のプログラムを使って査定しています!なんて業界のツールの話をしているのではないので、業者さんは怒らないで読んでね^^:)。

一方、不動産鑑定士さんの鑑定価格(評価という)は、規定の評価法を用いて最有効使用(その不動産が最も輝く利用に適した状態)を原則として利用価値に対する評価を表すものだから、それで売れるというものではない。しかし、不動産屋の査定は、それで売れないと困るのである。


築10年で◯千万円です! イメージ/©︎artisticco・123RF

~閑話休題~

さて、AIを活用して不動産価格査定が可能かどうかの研究が始まった。

雑駁に説明すれば、この場合は、大量かつ正確な物件情報に関するデータを反復学習させ、使用データと価格との関係性に一定のパターンを認識させる作業である。

当初この研究は、関西有名私大のAI研究の第一人者であるT教授の指導と協力の下、多層ニューラルネットワークを用いたディープラーニング手法で行った。そこから特有のアルゴリズム(問題を解くための数学的計算手順)を導き出し、データ種類を加減したり、個別要因を数値化したものを付加したりしながら、実際の取引事例価格に近付けていくのだ。そうして得た結果を基に18年の人工知能学会全国会において論文発表を行った。


100万円単位の認識精度モデル グラフ提供/公社近畿圏不動産流通機構

その後はパートナーをAIソリューション事業で国内有数の企業に移し、実務に対応できるシステムとして実現可能性を検証した。その検証過程では、我々近畿レインズの役員(不動産業者)がワークショップに参加し、現行レインズシステムでは収集できない不動産価格に影響を与える項目(周辺環境や心理的、外的要因など)を洗い出し、それら流動的な項目についても重みづけを施して数値化するなど、より実勢価格に近付ける努力を行ったのだが、これを加味すればするほど導き出される価格と事例価格との乖離が顕著となり、ディープラーニング手法によるAI査定の実現可能性は遠のく結果となった。

それは、けっこうな時間と労力、レインズに格納されている膨大な成約事例データの一部(5万件以上)を使って挑んだものの、企業側の検証結果報告では、レインズ成約事例に備わっているデータ項目と、それ以外の関連データ、そして登録されたデータの正確性、未入力項目の多さなどから、成約事例による価格査定にはディープラーニングよりも回帰分析手法(ヘドニック・アプローチ)を採用すべきとの結論が出されたのだ。

回帰分析とは、関数をデータに当てはめることによって、ある変数Yの変動を別の変数Xの変動により説明と予測、影響関係を検討するための手法だから、目的変数を「取引予想価格」、複数の説明変数をX(例えばマンションの場合、階数、床面積、部屋数、築年数……など)として重回帰モデルを使って予想価格を推定することだ。

いわゆる“統計”的な考え方がベースであるので、前後10%程度の範囲までの推定が可能となるが、データ数の少ない超低額物件や超高額物件、取引件数の少ない地域の価格予想には適さないことが分かった。

 
線形回帰分析(左図)とニューラルネットワーク(右図)イメージ

「AI価格査定」は推定価格?

なんだかんだ難しいことはさて置いても、ニューラルネットワーク(人の脳と同じような伝達回路を使ってパターンを学習認識させる)には、数値化できない価格形成要因こそが重要な不動産価格の推定を依存することができない。

また、回帰分析によってもたらされた範囲の推定だと、それより後に人の手と経験による再度の査定が必要となることから、現段階ではAIを価格査定に応用する理由に説得力を見いだせないという結論に至った。

それはすなわち、現段階でWeb上に溢れている「AI価格査定」という宣伝文句の裏側で動いているシステムがあるとするなら、おそらく限られた物件(例えば○○マンション)を対象とし、回帰分析手法による推定価格範囲に提供事業者独自(これがブラックボックスだ)の調整率を当てはめて得られる推定価格に過ぎないものではないか、と拙者は“推定”する。

〜この国の明日に想いを馳せる不動産屋のエセー〜
なので私はこう言い放った…「メルカリで家は売れない」

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この記事を書いた人

第一住建株式会社 代表取締役社長/宅地建物取引士(公益財団法人不動産流通推進センター認定宅建マイスター)/公益社団法人不動産保証協会理事

大学卒業後、大手不動産会社勤務。営業として年間売上高230億円のトップセールスを記録。1991年第一住建株式会社を設立し代表取締役に就任。1997年から我が国不動産流通システムの根幹を成す指定流通機構(レインズ)のシステム構築や不動産業の高度情報化に関する事業を担当。また、所属協会の国際交流部門の担当として、全米リアルター協会(NAR)や中華民国不動産商業同業公会全国聯合会をはじめ、各国の不動産関連団体との渉外責任者を歴任。国土交通省不動産総合データベース構築検討委員会委員、神戸市空家等対策計画作成協議会委員、神戸市空家活用中古住宅市場活性化プロジェクトメンバー、神戸市すまいまちづくり公社空家空地専門相談員、宅地建物取引士法定講習認定講師、不動産保証協会法定研修会講師の他、民間企業からの不動産情報関連における講演依頼も多数手がけている。2017年兵庫県知事まちづくり功労表彰、2018年国土交通大臣表彰受賞・2020年秋の黄綬褒章受章。

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