『望み』/サスペンスドラマに織り込まれる家族の絆
兵頭頼明
2020/10/03
©︎2020「望み」製作委員会
『犯人に告ぐ』や『検察側の罪人』等の作品で知られる雫井脩介の同名ベストセラー小説を映画化した作品である。
建築士の石川一登(堤真一)は妻の喜代美(石田ゆり子)、高一の息子・規士(岡田健史)、中三の娘・雅(清原果耶)とともに、彼が設計した邸宅で平穏な生活を送っていた。
洒落たデザインの広々とした一軒家。リビングには七五三や入学式、家族旅行などの写真が飾られている。喜代美は主婦業の傍らフリーの校正者として自宅で仕事をこなしているが、あくまで家庭中心の生活を送っており、家族仲はとても良い。石川家は誰もが羨む幸福な家庭であった。
そんな石川家の生活にかげりがさし始める。きっかけとなったのは、規士が練習中に怪我をし、サッカー部を辞めたことだった。サッカー選手になることが夢だった規士は、次の目標が見つけられない。一登や喜代美に反抗的な態度を取り、友人たちと夜遊びをするようになる。
ある日、喜代美は規士の部屋で切り出しナイフの空き箱を見つける。一登は「一体、何に使うんだ」と問い詰めるが、規士は何も答えず、はぐらかすばかり。一登は規士からナイフを取り上げ、事務所の道具箱にしまい込む。
規士が家に戻らなかったその日、彼の友人が何者かに殺害される。翌朝、石川家を訪ねてきた刑事の寺沼(加藤雅也)は、規士を含めて数名の遊び仲間の行方が分からないと説明する。警察はそれ以上の情報を提供しないが、事件を取材に来た雑誌記者の内藤(松田翔太)が喜代美に、行方不明の少年は3人であると告げる。
ネット上では、もう一人殺されているらしいとの噂が広がり、誰が加害者で誰が被害者か、原因は一体何なのか、憶測と中傷が飛び交う。果たして、真相は――。
本作は事件の真相を追うサスペンスドラマであるとともに、家族の絆の強さと危うさを描いた物語だ。
警察が捜査経過を発表しない間、ネット上では根拠のない憶測が拡散してゆく。イニシャル表記がやがて実名表記に変わり、次々と写真がアップされてゆく。規士は完全に加害者として扱われ、家族には嫌がらせとバッシングが始まる。朝、目が覚めると、自宅の壁や塀には落書きされ、生卵が投げつけられているという有様だ。
映画のベースとして描かれるのは、そうしたネット社会の恐ろしさである。そういう状況の中で、家族の絆が試されることになる。
規士は人を殺すような男ではないと、一登は息子の無罪を心から信じている。
しかし、もし規士が加害者ならば、一登はこれまで築いてきた社会的地位も収入もすべてを失ってしまう。噂の拡散とともに仕事のキャンセルが相次ぎ、懇意にしていた建設会社の社長からも、今後は一緒に仕事はしないと宣言される。
残された家族の人生を思うと、息子が加害者であってはならない。一登の〈望み〉は、規士が加害者ではないこと。しかしそれは、規士が被害者で、殺されていることを意味する。
規士の妹の雅も同じようなことを考える。
一流高校への進学を目指し、毎日塾に通っている彼女は、噂が広がるにつれ、学校でいじめと疎外を受けている。このままでは、目標校の面接試験で落とされてしまうことは必至だ。世間から後ろ指を刺される加害者の未来に怯え、父親の一登にだけは「お兄ちゃんが犯人だと困る」と訴える。雅の〈望み〉もまた、規士が加害者ではないことであった。
一方、母親の喜代美は、息子が加害者であろうとなかろうと、何があっても生きていてほしいと願う。
もしも息子が加害者ならば、どんな社会的制裁も受けると覚悟している。喜代美の〈望み〉はただただ、息子が生きていることであった。
姿を消した規士にも、将来はサッカー選手になりたいという〈望み〉があった。果たして、規士は加害者なのか、被害者なのか。家族のそれぞれの〈望み〉が交錯する中、事件の意外な真相が明らかになる。
堤真一は家族を深く愛しながらも複雑な思いを抱かざるを得ない父親役、石田ゆり子は息子への愛情をストレートに表現する母親役を好演し、観る者の涙を誘う。兄妹役を演じた岡田健史と清原果耶の演技も素晴らしい。
監督は堤幸彦。前々作『人魚の眠る家』(18)もそうであったが、この監督は家族の絆をテーマにしたミステリーと相性が良いようだ。奇をてらわない正攻法の演出で、観客の心を掴んで離さない。
自分が一登や喜代美や雅の立場だったら、果たしてどう考え、どう行動するだろうか。この映画の観客もまた、それぞれの<望み>を抱き、家族の絆について思いを馳せることだろう。
『望み』
監督:堤幸彦
脚本:奥寺佐渡子
原作:雫井脩介『望み』(角川文庫刊)
出演:堤真一/石田ゆり子/岡田健史/清原果耶/加藤雅也/市毛良枝/松田翔太/竜雷太
配給:KADOKAWA
2020年10月9日より公開
公式サイト:https://nozomi-movie.jp/
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この記事を書いた人
映画評論家
1961年、宮崎県出身。早稲田大学政経学部卒業後、ニッポン放送に入社。日本映画ペンクラブ会員。2006年から映画専門誌『日本映画navi』(産経新聞出版)にコラム「兵頭頼明のこだわり指定席」を連載中。