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『クライ・マッチョ』——クリント・イーストウッド監督・主演、往年のアメリカ映画の匂いを醸し出すロードムービー

兵頭頼明兵頭頼明

2021/12/23

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©︎2021 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved

第34回東京国際映画祭のオープニング作品

2021年10月に開催された第34回東京国際映画祭のオープニング作品。クリント・イーストウッドの監督・主演最新作である。

舞台はアメリカのテキサス。マイク(クリント・イーストウッド)はかつてロデオ界のスターだったが、落馬事故を起こしてからは裏方に回り、ひとり孤独な生活を送っていた。

ある日、マイクは元の雇い主ハワード(ドワイト・ヨーカム)から、別れた妻と暮らす十代の息子ラフォ(エドゥアルド・ミネット)を連れ戻してほしいと依頼される。ラフォの居場所はメキシコで、ハワードは息子を引き取ることについて元妻の了解を得ているわけではない。つまり、これは犯罪すれすれの依頼で、誘拐ともいえる仕事だ。

はじめマイクは断るが、落馬事故以来ハワードには何かと面倒を見てもらっており、恩義を感じている。考えた末、マイクは依頼を引き受けることにする。

メキシコ入りしたマイクは、場末の闘鶏場でラフォを見つけ出す。ラフォは男遊びに夢中な母親に愛想を尽かして家を飛び出し、闘鶏用のニワトリとストリートで暮らしていた。マイクはラフォに「アメリカで父親が待っている」と告げ、二人はアメリカへ向かう旅を始める。

しかし、母親は息子を手放すつもりはなく、追手を差し向ける。メキシコ警察からもマークされた二人は、進むべきか留まるべきかの選択を迫られるのだが——。


©︎2021 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved

時代に取り残され落ちぶれたカウボーイと、複雑な環境で育った少年のロードムービーである。人間が生きてゆくための力、そして強さというものについて優しく語りかけてくれる。説教じみた講釈は一切なく、ほのぼのとしたムードで展開してゆくところがよい。

旅の途中で出会った未亡人マルタ(ナタリア・トラヴェン)とマイクとのほのかなロマンスも描かれるが、二人の交流はベタに描写されず、どことなくユーモラスだ。


©︎2021 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved

イーストウッドはハリウッド的スタイルのアメリカ映画を継承する最後の映画作家

イーストウッドは年齢を重ねるとともに、年齢に合わせた役柄をうまく選択して成功してきた稀有なスターである。かつての無法者を演じた西部劇『許されざる者』(92)、朝鮮戦争従軍経歴を持つ頑固者を演じた『グラン・トリノ』(08)、そして90歳で麻薬の運び屋となった退役軍人を演じた『運び屋』(18)を見れば、彼の役柄の選択眼がよく分かる。

若くして人気の出たスターほどうまく年が取れず、いつまでも自分を若く見せようとあがいて失敗するものだが、イーストウッドは91歳にして脇役に回ることなく、いまだに主演を務めている。レジェンド=伝説と称される所以である。

イーストウッドがレジェンドと称されるもう一つの理由は、言わずと知れた監督としての手腕である。年老いたカウボーイ、ロードムービー、父子ほど年齢の離れた男と男の交流、大人の男と女のべたつかないロマンス……。こういった要素のすべて、そして演出スタイルから漂ってくるのは、往年のアメリカ映画の匂いである。


©︎2021 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved

初監督作『恐怖のメロディ』(71)から50年。1、2年に1本という驚異的なペースで監督作品を発表し、1992年に『許されざる者』、2004年に『ミリオンダラー・ベイビー』でアカデミー賞作品賞と監督賞を受賞したイーストウッドは、ハリウッド的スタイルのアメリカ映画を継承する最後の映画作家なのだ。

古臭いと感じる観客もいるだろう。本作を冷静に評価すれば、「いささかぬるい、ゆるい、甘い」と言えるかもしれない。確かにその通りだ。愚作ではないが、タイトに仕上がった前作『リチャード・ジュエル』(19)の完成度には到底及ばない。

それでもいいじゃないか。スクリーンに目を向けると、そこに91歳の主演スター、クリント・イーストウッドが佇んでいる。今年もまた彼の最新作を見ることができた。傑作とは言えないが、往年のアメリカ映画の匂いを醸し出す魅力的な作品だ。彼の監督作すべてをリアルタイムで見てきたファンとして、こんなに嬉しいことはない。

私をはじめ、イーストウッドのファンの願いはただ一つ。

「早く次回作を!」

『クライ・マッチョ』
監督:クリント・イーストウッド
原作:N・リチャード・ナッシュ
脚本:ニック・シェンク/N・リチャード・ナッシュ
出演:クリント・イーストウッド/エドゥアルド・ミネット/ナタリア・トラヴェン/ドワイト・ヨーカム/フェルナンダ・ウレホラ
配給:ワーナー・ブラザース映画
2022年1月14日より公開
公式サイト:https://wwws.warnerbros.co.jp/crymacho-movie/

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この記事を書いた人

映画評論家

1961年、宮崎県出身。早稲田大学政経学部卒業後、ニッポン放送に入社。日本映画ペンクラブ会員。2006年から映画専門誌『日本映画navi』(産経新聞出版)にコラム「兵頭頼明のこだわり指定席」を連載中。

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