中国・デジタル人民元とは何か その仕組みと狙い
小川 純
2020/12/09
イメージ/©︎Thomas Reichhart・123RF
コロナ禍で進むデジタル化の中で
新型コロナに世界経済が低迷する中で、着実に進化、推進されているのが、あらゆる分野におけるデジタル化、ネットワーク化である。
日本国内を見ても、官庁での押印の廃止にはじまり、デジタル庁の創設、企業内ではテレワークの導入や非対面による接客など、さまざまな分野でデジタルトランスフォーメーションが進んでいる。
そんな中で究極のデジタル化とも言えるのが中央銀行の発行する法定通貨のデジタル化(CBDC:Central Bank Digital Currency)で、それを一気に進めたのが中国のデジタル人民元だ。
コロナ禍にあってもその動きは激しい。
具体的には4月に深セン、蘇州、雄安新区、成都でデジタル人民元を発行しテストを行った。このテストは小規模なものだったが、この結果を受けて10月中旬には深セン市のおよそ5万人の住民にデジタル人民元が配られ大規模な試験が行われた。
さらに10月下旬には、中国人民銀行(中央銀行)はデジタル人民元を法定通貨に加えるための法律の草案を公表し、11月にはパブリックコメントの募集を行うなど、実用化に向けたステップを着々と、そして、スピーディーに進めている。
「コロナ禍で実用化に向けた動きが一気に進んだように見える中国のデジタル人民元ですが、中国のデジタル通貨のプロジェクトが始まったのは6年前の2014年のことです」と話すのは、世界の仮想通貨の動向に詳しいユニファイドブレイン社長の粕谷重雄さんである。
「プロジェクトを立ち上げ、技術的なことなどを検討し、実用に向けて本格的に動き出したのは17年になってから。それからわずか3年で実証実験の段階までもってきたわけです。4月のテストでは、交通費だけに使えるようにするといった用途制限、また、特定の人物には使えないようにするなどのテストも行われたようです。このテストがうまくいったので、8月には農業銀行、建設銀行、工商銀行、中国銀行の4大銀行を含めて実証実験を行っていますが、これもうまくいった。そして、さらに使う人間を増やして行ったのが深セン市でのテストでした」
深セン市でのテストは、習近平国家主席の訪問に合わせて行われたともいわれる。テストの内容は深セン市内在住の住民に対して、総額1000万元(約1億5000万円)に上るデジタル人民元を配るというもので、1件あたりの配布金額は200元(約3000円)。この実験に応募した人は191万人で、抽選で選ばれた5万人に配られた。
実際に配られたデジタル人民元が利用できた期間は10月12日~19日だが、深セン市内のスーパーマーケットや飲食店、ガソリンスタンドなど、およそ3400店舗で利用されたという。
テストの募集から使い方、実際に使われている模様などはホームページで紹介されている。
使い方はスマートフォンにデジタル人民元の財布にあたる専用のウォレットをダウンロードし、そこにデジタル人民元の残高を管理するというもの。
支払いは会計の際にスマートフォンにQRコードやバーコードを出して、それを読み取らせるだけだ。すでにアリペイやウィーチャットペイによるデジタル決済が一般化している中国では違和感はない。やり取りされるのが新しいウォレットにあるデジタル人民元というだけで、使い勝手はアリペイやウィーチャットペイと何ら変わりはない。
今後については、上海市で開かれた金融関連のイベントにおいて、「実験を北京の市内や天津市、上海市、広州市、重慶市など主要都市を網羅する28地域に広げる」と中国人民銀行のデジタル通貨研究所の穆長春所長が明らかにしているように、デジタル人民元の実験はさらに規模を拡大して行われるようだ。中国政府では、2022年の北京冬季オリンピックでの実用化の目標に向けて最終段階にあり、推進中といったところだ。
個人の監視と行動制限も容易になる社会
このデジタル人民元とはどういったもので、デジタル化することでどのようなことが起こるのだろうか。
そもそも紙(貨)幣は国家が通貨発行権に基づき中央銀行から発行されるものである。この点についてはデジタル通貨とはいえ、国家の信用がバックボーンにあることに変わりはない。
ただ、デジタル通貨は民間企業が発行するものもある。例えば、まだ発行はされていないが、何かと話題になる「リブラ」はFacebook(厳密にはリブラ・アソシエーションだったが、12月1日、運営母体とデジタル通貨の名称をディエムに変更するという動きがあった)が発行元になっている。すでに取引されているデジタル通貨の中で時価総額上位のリップルはリップル社、テザーはテザー社が発行元になっている。
デジタル人民元は紙の紙幣や、すでに出ている民間のデジタル通貨と違って、誰が何を、いつ、いくらで買ったかということが記録される。言い換えれば匿名性がなくなるということが特徴だ。
「デジタル人民元は、個人のスマートフォンのウォレットで管理させます。中国では携帯電話の番号と個人が紐付けられているので、それで何を買ったか、デジタル人民元が誰から誰に移動したかがわかるわけです。しかも、何をいくらで買ったかわかるだけでなく、デジタル人民元のやり取りは特殊なサーバーを介すことで、すべてのお金を管理することが可能になる。そして、デジタル人民元がやり取りされると、そのサーバーに個人の情報が溜まっていく。デジタル人民元のテストでは、鉄道に乗れるだけといった特定のものだけ使えるようにするなど、さまざまなことが試されたようです」(粕谷さん)
実際、中国政府はデジタル人民元について「制御可能な匿名性」と「統一的なウォレットをつくる」としており、これによってお金の動きをつかみ、偽造通貨など不正を防止するとしている。
「中央で管理するサーバーでは個人の生年月日、出生地、家族構成、学歴、仕事、年収、犯罪歴などの個人データが入っていて、これに買い物の履歴といったお金の動きも蓄積されるようになる」(粕谷さん)という。その結果、個人に対しても設定次第で商品を購入させないようにすることも可能になるというわけだ。
「個人の監視ばかりに目が向きがちですが、マネーロンダリングの監視や、犯罪者を鉄道に乗れなくするなど行動制限をすることもできます」(粕谷さん)
まさに究極の監視社会という感じだが、中国ではすでに個人データを元にした与信管理が行われている。それが、アリペイが提供している「芝麻(ジーマ)信用」というもの。
これは15年からはじまったもので、アリペイでの支払履歴、個人の学歴・職歴、住宅や自動車などの資産内容、SNSの交友関係を元にスコアリングを行い、その点数によってさまざまな優遇サービスや融資額、金利が決められるというもの。そして、そのスコアリングが就職や結婚にも影響するともいわれている。
とはいえ、中国国内ではそれに対して批判などはあまりなく、むしろ、自分のスコアがいくつか、交際相手選びの1つの指標になっているのだ。
ブロックチェーンのいいとこ取り
これまでデジタル通貨、中でもビットコインやイーサリアムはブロックチェーン技術(分散型台帳)を使うことで、中央の管理者がいないことを最大の特徴としていた。こうした分散型デジタル通貨だからこそ、発行者の都合や、規制を受けないというのがメリットとされてきた。
「中国はブロックチェーンの利点と欠点をよく見ていたようです。ブロックチェーンの最大の欠点はデータが重く、セキュリティとトランザクションを兼ね備えさせるのは難しいという欠点がありました。そこでデジタル人民元ではブロックチェーンを使うところ使わないところをミックスさせています。ここがデジタル人民元のすごいところなんですね」(粕谷さん)
デジタル人民元の実用化を急ぐ、中国の思惑は世界経済を自らの制御下に置くことにあるといえるだろう。それは米ドルに変わって、デジタル人民元を新たな基軸通貨にしようという狙いがあるからだ。
「人民元については共産党の幹部ですら信用がないため米ドルに替えている。それがデジタル人民元になっても信用できないという人もいます。でも、これは大きな間違い。デジタル化されることで、すべての購買データが蓄積され、個人のお金動き、資産がわかりそれを管理運営できる――それこそが人民元の価値になる。これはアナログ通貨にはできないことです」(粕谷さん)
日本を含めた先進国のCBDCへの対応はまだまだだ。
日本では10月に日銀から『中央銀行デジタル通貨に関する日本銀行の取り組み方針』というレポートが出された。
その内容は、CBDCの基本的な説明と求められる特性として、①ユニバーサルアクセス、②セキュリティ、③強靭性、④即時決済性、⑤相互運用性について解説を行っているのみで、来年度には日銀内での実証実験を行うとしている。
海外に目を転じても、米国はFRB(連邦準備制度理事会)のボストン連邦準備銀行がマサチューセッツ工科大学とデジタル通貨に関する実験を開始したと発表がなされている。EUについてはいくつかの国で研究が行われてはいるもののEUとしてのアクションは見られない。
「各国の中央銀行でもデジタル通貨への対応はしています。日本での実証実験は2年後ぐらいになるのではないかと見られています。これは、中国が2017年にやっていたレベルです」(粕谷さん)
12月1日、中国では輸出管理強化の新法が施行され、日本企業にどのような影響が出るのか懸念されている。デジタル人民元が実用化された場合、当然ながら輸出入の決済手段として、デジタル人民元の使用が求められることが予想される。そのときどう対応するのか。
日本の通貨は飛鳥、奈良時代は国内で鋳造された和同開珎が使われていたが、平安時代から戦国時代までは中国から輸入した宋銭、永楽通宝など銅銭を使ってきた歴史がある。令和の現代、400年前のような銅銭からデジタルに変わった中国の通貨を使うなんてことも想像してしまう。
この記事を書いた人
編集者・ライター
週刊、月刊誌の編集記者、出版社勤務を経てフリーランスに。経済・事件・ビジネス、またファイナンシャルプランナーの知識を生かし、年金や保険など幅広いジャンルで編集ライターとして雑誌などでの執筆活動、出版プロデュースなどを行っている。