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大手ネット証券も参入 「証券家族信託」活用のメリット、デメリット

小川 純小川 純

2020/09/05

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イメージ/©︎Thomas Reimer・123RF

定着してきた「家族信託」

自分の死後、財産をきちんと相続させるための手段として真っ先に思い浮かぶのが遺言書だ。しかし、遺言書通りすんなりと財産を相続させられればよいが、自分自身が寝たきりや認知症になってしまった場合、持っていた資産を自由に使ったり、動かすことができず毀損するということもある。そうした場合の備えが成年後見人制度だが、これはあくまでも資産を管理するだけで資産を運用することは難しい。

中でも賃貸住宅オーナーは、物件の大規模な修繕工事、また、相続対策として売却をして資産の組み替えをしたほうがよいということもある。しかし、成年後見制度ではこうしたことに柔軟に対応することは難しい。

しかも、事前に後見人を決めて公正証書で任意後見契約しておけばよいが、なんの準備もないまま寝たきりや認知症になってしまうと、家庭裁判所によって後見人が選任されてしまう。しかも、こうしたケースでは思い通りの後見人ではなく裁判所が選任した後見人になることが多いのだ。事実、「成年後見関係事件の概況 平成31年1月~令和元年12月」によれば、親族が選任されたものが約21.8%で、親族以外が成年後見人等に選任されたものが約78.2%と親族以外から選ばれている。とくに一定額以上の資産がある場合は、親族が後見人として認められずに専門家などの第三者が後見人として選ばれることが多くなる。つまり、問題は相続だけでなく、その前の寝たきりや認知症になったときにいかに資産を守るかも重要になってくるのである。

「人生100年時代」といわれる中で、自分や自分が死んだあとの配偶者の老後の生活を安心したものにするかは大きな課題である。そこで生きている間、死後の相続という両面をカバーできる制度として注目されているのが「家族信託」だ。

「家族信託」について少し説明しておこう。

信託は、財産(資産)の所有者である「委託者」がその財産の管理・運用・処分を「受託者」に信託し、その収益を受益者が受けられるようにする契約のこと。とくに信託にあたって営利を目的としない民事信託の中でも家族間で信託するものを「家族信託」といっている。

具体的な仕組みは次のようになる。

①委託者=財産管理を託す人
②受託者=託された財産を管理・ 運用・処分(売却)する人
③受益者=託された財産の権利を有する人で信託によって管理・運営・処分による利益を得る人。また、受託者に対する監視・監督権を持つ

信託は以上の三者によって成り立つ。なお、委託者に対する受益者は同じという場合もある。

図の例では、賃貸アパートを経営する父(委託者)が寝たきりや認知症になった際にはアパートの管理・運用・処分する権利を長男(受託者)に託し、長男はそれにあたる。そして、これで得られた収益を受益者である父親に還元する。この例では第1受益者を父親として、父親の死後は第2受益者の母親が収益を得る。このスキームでは両親の老後の生活を守り、その後はその財産を長男が相続するようになっている。

このように受益者の指定は委託者が自由に行えるのも大きな特徴で、この例では委託者である父が死亡した場合は母親を受益者にしているが、父親が亡くなったらそのまま長男が相続、あるいは第2受益者、第3受益者と増やすことや、相続は長男や長男の子(孫)と2人で分割して相続するというような取り決めを行うことも可能だ。

そのため信託契約の内容次第では、どのようなかたちにでもすることができる。ただ、自分の死後にトラブルにならないように家族間で話し合いをして納得させておくことが必要になる。

家族信託でできること、できないこと

そんな使い勝手のよい家族信託だが、これまで実際に信託できるのは預貯金(現金)や不動産、会社の経営、貴金属、美術品などだった。上場株などの有価証券は家族信託契約を結び、受託者が運用することはほとんどできない状態だった。しかし、昨年あたりから上場株や有価証券の家族信託に注目が集まるようになってきている。

「上場株や有価証券を家族信託で管理・運用するには証券会社の信託口口座がなくてはできないのですが、これまで信託口口座を取り扱っている証券会社が少なかったんです。しかし、昨年くらいから野村證券や大和証券といった大手の証券会社で信託口口座の開設ができるようになり、この4月からは楽天証券などでも開設が可能になった。このことでだんだんと上場株式や有価証券の家族信託が、容易にできるようになってきたのです」

こう話すのは、家族信託の活用に積極的に取り組み、著書もあるリーガルエステートグループ代表司法書士の斎藤竜さんだ。


リーガルエステートグループ代表司法書士 斎藤竜さん

上場株式や有価証券の管理については、これまでも証券会社に「代理人届」を提出すれば口座の管理を行うことは可能だった。しかし、売買の注文はあくまでも本人が行うことが前提だ。

「代理人届では売買の判断は口座の名義人本人が行うもので、その人の判断能力が著しく低下した場合は売買が行えなくなります。また、当然のことですが、代理人届にはそれらの財産を相続するといった遺言の機能はありません。ですから、ご本人が亡くなった際にはほかの相続財産と同様、相続人を決めなくてはなりません。しかし、家族信託であれば委託者が寝たきりや認知症になっても、受託者が管理、取り引きを行い、誰が相続するかも決めておくことができます。こうした資産承継機能も併せ持っているのが信託口口座なのです」(斎藤さん)

上場株式や有価証券は、預貯金や不動産と違い、日々価格が変動する。リーマンショックや新型コロナのように一瞬にして株価が暴落したり、一気に株価が値上がりすることもある。こうした価格変動から資産を守るためには、そのときどきの運用は欠かせない。

こうした証券信託口口座を開設するには次のような要件がある。

1)上場株や有価証券を管理する信託口口座開設にあたっては、信託口口座がある同一支店に受益者、受託者それぞれの個人口座の開設が必要になる
2)信託契約書は公正証書で作成すること
3)信託契約書は士業などの専門家が作成したものであること(証券会社によってその会社が士業を指定するところもある)。そのため家族のみで作成した信託契約書では受付をしてもらえないこともある
4)委託者と受益者が同一人(委託者兼受益者)の自益信託であること。基本的な考え方としては委託者の寝たきりや認知症対策が目的とされる。そのため委託者が父、受託者が子、受益者を障がいのある子にするような他益信託では活用できない
5)当初の受益者が死亡により信託が終了することが契約書に記載されていること。通常の家族信託では二次相続や代をまたぐような契約ができるが、証券の家族信託では認められていない
6)委託者、受託者、受益者が“個人”であること。法人を認めていない証券会社がある
7)委託者、受託者、受益者が日本国内に居住していること
8)受託者が委託者兼受益者の配偶者・近親者であること。証券会社によっては、2親等まで、3親等までと範囲を制限している
9)親族(委託者の法定相続人など)の同意が必要

これらが信託口口座開設にあたっての共通した条件だ。とはいえ、各証券会社に条件が違っているものもあるため実際にはその証券会社に問い合わせてほしい。

NISAは使えず めんどうな税務申告

メリットもあるが、当然のことながらデメリットもある。

証券の口座には上場株式などの譲渡益課税における個人投資家の申告・納税手続きを簡素化した特別口座と、1年間の譲渡損益を計算し確定申告をしなくてはならない一般口座がある。信託口口座は税務申告が楽な特別口座ではなく、一般口座になり確定申告が必要になる。

「毎年の確定申告のほかに、有価証券の配当について信託の受託者は『信託の計算書』『信託の計算書合計表』を毎年1月31日までに税務署長に提出する必要があります。そのために税務関係の対応が煩雑になります」(斎藤さん)

このほかにも、投資信託については、信託口口座を開設する証券会社が取り扱いをしている金融商品でなければ信託財産として移管することができない。

そのため投資信託を移管する場合は、その投資信託を証券会社で扱っているか事前に確認しておく必要がある。さらに株主名簿には、委託者ではなく新規で受託者名義で登録されるため、保有期間がゼロになり長期保有によって受けていた株主優待の保有期間などもリセットされる。加えて、NISAの利用、大手証券ではネットによる取り引きができないといったこともある。

「今のところ証券信託のメリットは相続もセットでできるということだけで、過渡期的なものです。今後さらに使いやすいものが出てくるのではないかと思います」(斎藤さん)

実際、楽天証券は4月から家族信託をスタートしているが、受託者への投資アドバイスを行うサービスも行っている。

団塊世代が75歳以上になる2025年を目前に家族信託も変化しようとしている。

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この記事を書いた人

編集者・ライター

週刊、月刊誌の編集記者、出版社勤務を経てフリーランスに。経済・事件・ビジネス、またファイナンシャルプランナーの知識を生かし、年金や保険など幅広いジャンルで編集ライターとして雑誌などでの執筆活動、出版プロデュースなどを行っている。

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