フェーズフリーとは――「普段」が「備え」になる防災のための新たな概念
朝倉 継道
2021/08/04
人生をサバイブせよ イメージ/©︎Elnur・123RF
ローリングストックのためにパントリーが欲しい
最近、人気の住宅設備として名前が挙がるもののうち、特に気になるのがパントリーだ。キッチンに隣接して設けられる食品庫のことだ。
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本来はウォークインできるくらいの小部屋を指していうのが正しいようだが、実際にはいわゆる壁面収納程度のものもパントリーと呼ばれている。
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パントリーの中には、通常、棚が豊富に設けられる。缶詰や調味料など、常温保存できる食品をスペースの分だけ保管しておける仕組みだ。そこで、私が「自分の家にもパントリーがあればいいな」(残念ながら現実にはない)とよく思う理由は、これをローリングストックのための使い勝手のよい空間にできるからだ。
ローリングストックとは、災害など非常時への蓄えを上手に、いわばスマートに行う方法のひとつを指す。
その対象は食品であれば、缶詰やレトルト食品、フリーズドライ食品、インスタント麺、ペットボトル飲料など、日常消費するものでありつつも、保存が効くため、非常時の備えともなるものだ。
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そのうえで、ローリングストックではこれらをつねに一定量備蓄しておくかたちを目指す。なおかつ、個々の食品にあっては消費期限をオーバーさせることのないよう、一定の鮮度を保ったままでそれを行う。
方法は簡単だ。要は、古いストックから消費していき、消費した分を買い足していく。新陳代謝させるのだ。
「いざというときのことを考えるのは大事だが、考えること自体が面倒」……といった、災害対策で生じがちなストレスを感じることなく、備えを保つことができるよい方法といえるだろう。
そこで、こうしたローリングストックのような考え方を指して、最近よく聞かれるのが「フェーズフリー」という言葉だ。
フェーズフリーとは何か? それは「防災に関する新たな概念」などと説明されている。
フェーズフリーの概念とは
フェーズフリーとは、どんな概念=考え方をいうのだろうか?
それは、モノや道具、生活スタイルなどから、「日常」と「非常時」の垣根を無くす考え方のことだ。
例えば、フェーズフリーにのっとった、よく知られている商品のひとつに「計量カップを兼ねた紙コップ」というのがある。この紙コップは一見なんの変哲もない紙コップだが、実はデザインそのものが「何ミリリットル」「何合」といった、単位を表す目盛りになっている。
そのため、普段は普通の紙コップとなんら変わらず利用されつつも、災害時、物に不自由する避難先などでは、この紙コップが粉ミルクや米などを量るのに使える計量カップとなる。
すなわち、日常においては日常の価値、非常時においては非常時での価値、それぞれが十分発揮できるようにモノをこしらえたり、生活を設計したりする考え方こそが、フェーズフリーということになる。
ほかにも例を挙げてみよう。
・撥水生地でできているバッグ
普段は買い物などで使用されるが、災害時はバケツとして水運びに利用できる
・ヘッド部分が取り外せる充電式デスクライト
停電時は分離させたヘッド部分が懐中電灯になる
・安全靴スニーカー・安全長靴
普段は普通の靴や長靴として履くことができ、災害時は落下物などさまざまな危険から足を守ってもくれる
ちなみに、多くの家にあるカセットコンロも、電源不要・持ち運びも自由ということで、身近なフェーズフリー・アイテムのひとつといえるだろう。
さらに、キャンプを趣味にしている人は、趣味がそのままフェーズフリーになっているともいえそうだ。
そのほか、当初からフェーズフリーをねらいとしてプロダクトされた商品、そうではないが結果的にフェーズフリーな商品、さまざまなものがある。このうち、前者の例を知るには、アスクルの「フェーズフリー・オフィス」商品のラインナップが、よい参考となるだろう。
ちなみに、身近にあるフェーズフリーの考え方とは真逆のものも挙げておこう。
それは女性がハイヒールを、そして男性がツルツルのレザーソールを履いて職場に通うことだ。これらは(特にハイヒール)、多くの災害時において、人間の行動を危険なまでに制限してしまう。
住宅分野のフェーズフリー
住宅分野にも目を転じてみよう。さきほどのローリングストックもそうだが、さらに典型的なものといえば、太陽光発電システムがそうだ。太陽光さえ降り注いでいれば、停電時も自立運転によってある程度の電力を供給できる。すなわち、フェーズフリーであることがよく知られている。
さらには、日常の利便性が歓迎される「回遊性」重視の間取りも、実はフェーズフリーな面を持っている。理由は、家屋の損壊、家具の転倒が起きた際など、脱出しやすいこと。避難経路が塞がれにくいことだ。
ちなみに、昨年入居者募集が行われ、その人気が話題となった東京都住宅供給公社の賃貸物件(“新しい日常”対応型賃貸マンションに平均倍率9.3倍の申し込み――その日常仕様とは何か)には、こんな設備が設けられていた。
・防災井戸
普段は外部水栓。災害時もそのまま屋外給水システムに
・かまどベンチ
普段は共用ベンチ。災害時は炊き出し用のかまどに変身
・マンホールトイレ
災害時は便座や囲いを置いてトイレにできるマンホール
こうした設備も、まさに住宅におけるフェーズフリーの実現を探る意欲的な提案といっていいだろう。
フェーズフリーだから売れている?
ちなみに、私がとても注目している、“フェーズフリーを謳わない”優秀なフェーズフリー商品が、モビリティの分野にある。ホンダの「CT125・ハンターカブ」というバイクだ。
オフロードに強い設計のため、そもそも悪路走破性が高い。エンジンの吸排気を行う部品が高い位置にあることで、ある程度の深さならば水中も走れてしまう。すなわち、震災時や水害時に強いのが特長だ。
しかも、手頃なサイズ、軽さで、日常の取り回しもよいうえ、いわゆる「カブ」シリーズなだけに車体も丈夫だ。加えて、燃費もよく、荷物の積載量も十分ときていて、まさにフェーズフリーの具現化そのものといえる商品になっている。
なお、同バイクにあっては、2020年6月の発売時に、予約だけで年間販売目標をすでに超えていたほか、その後も品薄が続くなど人気が継続している。
その理由のひとつとして、この商品の高いフェーズフリー性がユーザーの心を捉えていると分析しても、あながち間違いとはいえないかもしれない。
フェーズフリーは人生の危機にも対応?
ところで、こうしたフェーズフリーだが、考えを少し広げてみるのも面白い。
すなわち、フェーズフリーがつなげる日常と非常時のうちの「非常時」を災害のみならず、人生のリスク全般と仮定してみるのはどうだろう。
例えば、インカムをマルチに持つという生き方だ。
複数の収入源からの収入で普段の生活を安定させている人は、そのひとつを失っても致命傷とはならない。まだ残りがある。
つまりは、失業という非常時においての耐性が豊富な、フェーズフリーな力をもつということになるわけだ。
また、発展途上国などでは、外国語の習得が、個人の日常を充実させつつ、人生における切実な生き残りの手段となっていることが多い。その傾向は、やがて日本でも、人口減少や市場のグローバル化が進むにつれ、少しずつ表れてくることになるのかもしれない。
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この記事を書いた人
コミュニティみらい研究所 代表
小樽商業高校卒。国土交通省(旧運輸省)を経て、株式会社リクルート住宅情報事業部(現SUUMO)へ。在社中より執筆活動を開始。独立後、リクルート住宅総合研究所客員研究員など。2017年まで自ら宅建業も経営。戦前築のアパートの住み込み管理人の息子として育った。「賃貸住宅に暮らす人の幸せを増やすことは、国全体の幸福につながる」と信じている。令和改元を期に、憧れの街だった埼玉県川越市に転居。