「ワル」と「バカ」をつなぐ。闇バイトを生み出す新しいつながり
2025/01/20

体感治安に深い傷
少し前に、われわれの前から過ぎ去った2024年。元日の能登半島地震、翌日の羽田空港衝突事故と、衝撃的なニュースから始まった1年だったが、日本中が嫌な思いをした暗い話題といえば、ほかにもある。
とりわけ、残念なものといえば「闇バイト」による犯罪行為の蔓延だろう。わが国社会における、いわゆる体感治安をおそらくは深刻なほど悪化させた。
闇バイトが絡む犯罪については、22年より始まったとされる「ルフィ事件」以後、すでにわれわれがよく知るリスクとなっていた。
そのうえで、昨夏以降、人口稠密な首都圏に集中するかたちで連続して強盗事件が発生した。一部においては罪のない市民も殺された。被害に遭われた皆さんに、心よりお見舞いとお悔やみを申し上げたい。
なお、首都圏は、人口で見ればひとつの国以上に巨大だったりするが、住人の日常意識においては(かつ実質も)社会の空間的範囲がかなり狭い。
そのため、一連の凶行により、多くの人が身に迫る危機として、闇バイトによる犯罪をおそらくは強く意識するようになった。
千葉で、埼玉で、神奈川で、東京で、防犯グッズの売り上げが急増しているとのニュースが、年末年始も跨ぎながら、たびたび報じられているところだ。
簡単につながるようになった「ワル」と「バカ」
「闇バイト」といわれる形式による犯罪が、近年目立つようになった理由はほぼひとつに集約される。
それは、人と人との新たなつながりが生まれたことだ。インターネット、なかんづくSNSが、ある種の人と人とを容易に結びつける道具に成長した。
ある種の人と人、とは、あからさまに言うと「ワル」と「バカ」になる。
このうち、ワルは頭のきれる賢い人種といっていい。犯行の現場からなるべく離れた、安全が確保された遠い場所で、彼らは練り上げた犯罪計画を実行に移し、不法な利益を手にしたい。
一方、バカは頭のわるい人々をいう。多くが自業自得な失敗や、身勝手な欲望から目先のカネに目がくらみ、そのため、ワルによって簡単に騙される。論理に昏(くら)く、未来を想像出来ないまま、おだてられたり、脅されたりしつつ、凶悪な犯罪に手を染め、最後は使い捨てられる。
この「ワル」と「バカ」が、過去にはそう簡単には出会いにくかった。
たとえば、彼らは、繁華街の一角や違法行為の現場など、具体的に存在する「場」を出会いのために必要としていた。
あるいは、バカを集めるため、ワルは仕組みをこしらえたりもした。事業所を立ち上げ、調度を整え、せっせとリクルーティングに励むなどもした。
ただし、その際、ワルはバカの前に身も顔も晒さざるをえなかった。
これは、ワルにとって大きなリスクにほかならない。だが、それがSNS以前の世界のありようだ。フェイス・トゥ・フェイスが基本の世の中にあっては、暗がりに生きたい彼らも、嫌でもそうせざるをえなかった。
ところが、SNSはそこを一変させた。これによってワルは素晴らしい世界を手に入れた。彼らは、望むとなれば遠い国外であっても、そこに身を隠したまま、誰にも姿を見せず、バカを募り、操ることができるようになったのだ。
そのうえで、用の済んだ犯罪実行者―――バカについては、容易に切り捨てられるようにもなった。なぜなら、そうしたところでバカはワルの顔も居場所も知らないのだ。つまりリスクにならない。
以上は、われわれ自身がワル当人になったと考えれば、そのメリットがよく分かる。まさに理想のかたちといっていいだろう。
ワルとバカを遮断する「壁」の難しさ
以上のようにポイントを整理すると、闇バイトによる犯罪(強盗だけでなく、あらゆる)から社会が身を守る方法というのが、実に選択困難なものであることもよくわかる。
交通事故と同じだ。車に乗る、人や物を遠くに運べるという巨大な利便との引き換えに、悲惨な損害も発生する。飲酒運転やあおり運転に興じる「バカ」も、たびたび路上に現れる。
闇バイト犯罪も同様となる。このデメリットは、手の中の小さな端末が瞬時に世界につながるという、人類が得た壮大なメリットに固くひもづいて離れることがない。
先般、オーストラリアでは、自動車の運転免許よろしく16歳未満のSNS利用を禁止する(事実上禁止の効果が生まれる)法律が成立した。
だが、こうしたものも、ワルとバカのつながりを断ち切るにおいてはわずかな効果しか発揮し得ない。
16歳が、たとえ20歳であったところで、それ以上の年齢にあってもバカは存在する。かつ、それぞれがSNSの先につながっていることに変わりはない。
ちなみに、ワルがSNSでバカを操る仕組みの犯罪は、闇バイトだけではない。深刻なものがほかにもある。
たとえば、よく知られているのが「セクストーション」だ。SNSで知り合った相手に頼まれ、自らの裸の写真を送ったことなどで弱みを握られ、脅迫を受け、金をむしられる。
あるいは、日本人がさほど知らない、日本人が多く関わっているらしいものとしては、海外での売春がある。内容を偽ったSNS上の求人広告や、条件が“盛られた”それらに乗せられ、現地に行ってみると、奴隷に等しい過酷な扱いがそこで待っている。
いずれも、ワルとバカが容易につながる世界が生んだものだ。
「バカの人手不足」をこしらえる
こうした「ワル」「バカ」問題について、筆者は、一見迂遠な対応のようだが、その抑制にもっとも効果があるのは、やはり教育だと思っている。
人が人に騙されないようにするには、直感ではなく、論理的に物事を考えられるようになる必要がある。論理によって、自らの身に起ころうとしていることを抽象化し、仮説を立て、これにもとづいて判断したり、疑いを持ったりする。
こうした能力について、代表的な考え方では、人は11歳くらいから身に付けていくとされている(ピアジェの理論)。しかしながら、筆者はこれにはかなりの個人差があると思っている。20歳や30歳を超えても、怪しい人は依然として怪しい。
ただし、論理的思考は、おそらく外部から啓発もされやすいものだ。特に10代、20代辺りでは、その辺が劇的に変化したりもしやすい。
よって、教育と啓発によって、ワルに騙されるバカが、たとえば今年の100人に1人から、来年は300人に1人に減り、再来年は1000人に1人に減少したとしよう。
闇バイト界(?)では、深刻な人材不足が生じる。商売をやっていられなくなる。一方で、国民の平均的な賢さは少しづつ増していく。
よって、繰り返すが、SNSによって広がった今般の「闇」対策としては、教育・啓発こそが、おそらくは即効性も含めて最も有益なものとなるのではないか。少なくとも、筆者はそう思っているということだ。
国境を超えたつながりが生む懸念
最後に。
「ルフィ事件」のように、賢いワルが国内のバカを海外から操っていた例を考えると、ある懸念が大きく胸に湧き上がってくる。
それは、外国による安全保障上の脅威だ。
たとえば、別の国に多数の自国民が暮らしていて、それらの行動を統制できるような体制をもつ国にあっては、ワルたちが活用しているような現在の環境は、彼らにとっても「使える」道具となる。
要は、諜報や世情の紊乱、破壊を目的とした活動だ。あるいは、それらを前段階としたさらなる行為となる。
そのうえで、これらにあっては、たとえその国の政府が主導しなくとも、軍や情報機関が勝手にやってしまうケースもある。理屈では割に合わないことでも、いわゆる「現場の跳ねっ返り」が暴走したりもする。
以上のことは、ゆめゆめ忘れずにおきたい。
なぜなら、わが国は、こうした行為による実害をすでに過去、経験している可能性がある。「拉致事件」だ。ネットのない時代、国内に潜む工作員は、本国からのラジオ放送で暗号による指示を受けていたともされている。
世界中がネットでつながっためでたい21世紀をわれわれは生きている。
であるのに、武器を使った暴力や汚い策略で領土をつなげ合おうなどと考える本当のバカが、地球上まだ何人もいる。
(文/朝倉継道)
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この記事を書いた人
コミュニティみらい研究所 代表
小樽商業高校卒。国土交通省(旧運輸省)を経て、株式会社リクルート住宅情報事業部(現SUUMO)へ。在社中より執筆活動を開始。独立後、リクルート住宅総合研究所客員研究員など。2017年まで自ら宅建業も経営。戦前築のアパートの住み込み管理人の息子として育った。「賃貸住宅に暮らす人の幸せを増やすことは、国全体の幸福につながる」と信じている。令和改元を期に、憧れの街だった埼玉県川越市に転居。