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BOOK Review――この1冊『ばにらさま』 さまざまな女性の生きる姿を描き続けてきた山本文緒の遺作

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『ばにらさま』山本文緒 著/文藝春秋 刊/本体1540円(税込)

遺作に描かれた6人の女性たちの姿

恋は人を壊す。

この一文から始まる長編小説『恋愛中毒』では、恋に落ちると、自らを極限まで追い詰めずにはいられなくなる女性を描いた。

直木賞受賞作『プラナリア』では、乳がんの手術を乗り越えたものの生きる意欲をもてず、そうかといって闘病後の生活に倦む気持ちをうまく発露することもできず、家族や恋人に囲まれながらも孤独に生きる女性を描いた。

山本文緒という作家は、生きることと切り離せない孤独や憤り、みっともなさを描き、なおかつ後ろ向きの感情と対峙することでしか切り抜けられない局面があることを、いくつもの物語を通して提示してきた。

21年9月刊行の最新刊『ばにらさま』でもまた、さまざまな境遇で生きる女性たちや、彼女たちを取り巻く人々の姿を描写。一見してドラマとは無縁の日常を生きる人々が抱える、言葉にできない感情を紡いでいる。08年から16年までに書かれた6本の短編をまとめた本書は、今年10月にすい臓がんで亡くなった著者の遺作ともなった。

表題作の『ばにらさま』に登場するのは、バニラアイスのように色白で冷え性な女性。丸の内の企業で派遣社員として働きながら、小さな賃貸住宅で暮らしている。優しいけれど冴えない恋人の目線を通じ、「都心で暮す若い女性像」を追いかけて生きる彼女の姿が、切なさを伴って浮かび上がる。

所収されている「わたしは大丈夫」の主人公は、徹底した倹約生活を送る主婦。

遠方からやって来ては子どもの世話をしてくれる義母をありがたく思う反面、クーラーをつけるよう勧めるなど、節約の邪魔になる存在でもあって苛立ちを覚える。読み進めるうちに、爪に火をともすような倹約生活の理由が明らかになる。それと同時に、ものの見え方が急旋回するような感覚に陥って、一瞬頭が真っ白になってしまう。

締めくくりの作品である「子供おばさん」の主人公は、50歳を目前に控えた独身女性。

病死した旧友からとある形見を託されて戸惑うも、それをきっかけとして、最期まで独身で生きた旧友の人生に思いを馳せるように。中高年の女性の一人暮らしをみる周りの目と、本人の思いが絶妙なバランスで描かれており、読み終えたとき、からりと明るい寂しさのような感情に浸れる。生きることの意味など問わずとも生活は続き、結局のところ、何を幸せと感じ、どう生きるかは自分の問題でしかない。そう思わせてくれる小説だ。

本書もそうだが、山本文緒の小説は、心理描写がリアルすぎて、読んでいると身につまされてつらい気持ちにさえなる。それでも読後には、胸の片隅に熱を感じる。希望と言い切るにはあまりにも切実で頼りない小さな熱のかたまりは、それなりに幸せでそれなりにつらい、いくつもの日常を生き抜く支えとなってくれる。

もっと多くの作品を読みたかった。でも、幾度も読み返したくなる作品をたくさん遺してくれた山本文緒。彼女の最後の作品となったこの『ばにらさま』も、これから何度も何度も繰り返し読みたい一冊となった。

BOOK Review――この1冊
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この記事を書いた人

ウチコミ!タイムズ「BOOK Review――この1冊」担当編集

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